III 研究の概要

 

 研究所長

[研究概要]  おもな研究プロジェクトとその内容は以下のごとくである。

1 . 小児固形腫瘍の分子病理学的研究 (特に、 ウイルムス腫瘍および Ewing/PNET 腫瘍)   1 - 1) ウイルムス腫瘍の遺伝子変異と組織型との関連  ウイルムス腫瘍には様々な組織亜型の存在が知られている。 これら組織亜型と WT1 遺伝子変異との関連を明らかにするため、 60 例余の本腫瘍を組織亜型に分類し、 WT1 遺伝子全エクソンについて塩基配列を決定した。 その結果、 胎児性横紋筋腫型 (FRN)、 間葉成分を豊富に (成熟した横紋筋成分) を含む腫瘍において、 検索した症例全てに zing finger 領域内のエクソン 9 における変異、 1168 番目の C が T になり、 その結果 390 番目のアルギニンが stop codon となるナンセンス変異が認められることを世界に先駆けて明らかにした。 そのうち両側性の症例にでは生殖系列において、 腫瘍で変異を認めた部位と同じ部位、 すなわち 1168 番目の C において C/T となるヘテロ接合性の変異を認めた。 これら両側性腫瘍においては同時に尿道下裂、 停留精巣など、 泌尿器系の minor anomaly を認めた。 なお、 Huff らは WT1 遺伝子変異の結果生ずる truncate された蛋白は非機能性であり、 正常の WT1 蛋白の量が減少するという dose effect によって泌尿生殖器系の奇形が惹き起こされると仮定している。 われわれが明らかにした病変は Bilateral Wilms tumor with urogenital anomaly complex と称すべき疾患単位として確立される可能性がある (慶應義塾大学医学部病理学教室との共同研究)。   1 - 2) Ewing/PNET 腫瘍の発症機構に関する研究 ―腫瘍由来融合遺伝子および新たに同定された標的遺伝子 Id2 遺伝子発現の意義―  Ewing/PNET 腫瘍群から染色体転座 t (11;22)(q12;q24) に由来する EWS-Fli-1 キメラ遺伝子が単離され、 腫瘍発生との関連が示唆されている。 さらにその後、 EWS-Fli-1 に加え 4 種類の染色体転座とそれに由来するキメラ遺伝子 (EWS/ets) が同定されている。 これらキメラ遺伝子の標的分子を明らかにするため、 Ewing 肉腫の細胞株において発現している遺伝子を gene array 上で検出した結果、 ヘリックス・ループ・ヘリックス型 (HLH) の分化抑制遺伝子 Id2 が高発現していることを認めた 。 Id 蛋白は E-protein と呼ばれる塩基性へリックス・ループ・へリックス型転写因子 (bHLH) の活性を阻害する dominant negetive type の転写阻害因子である。 EWS/ets が直接 Id2 遺伝子の発現を促進しているかどうか検証した。 その結果、 EWS/ets は ets 認識配列を通して Id2 遺伝子の発現に促進的に働くこと、 さらに Ewing 肉腫細胞内で Id2 遺伝子の ets 認識配列と ets 蛋白との直接的な結合がクロマチン免疫沈降法によって確認され、 Id2 遺伝子は EWS/ets キメラ蛋白のターゲット遺伝子であることが示された。

2 . 小児固形腫瘍の臨床研究 (多施設共同研究) における中央病理診断および検体センターのあり方に関する研究  EBM の推進の中で難治性小児固形腫瘍を多施設共同研究によるプロトコールで治療成績の向上を図るシステムが確立しつつある。 治療の決定には腫瘍の病理診断がその基盤をなすことに鑑み、 その診断を中央化しその精度、 迅速性を高めることが必須となる。 また、 診断のために全国の医療機関から送付される検体をそれぞれの腫瘍の特性を解析する材料とするための腫瘍バンクの設立も極めて重要である。 このようなシステムを確立するためには、 検体の流れを充分に患児ないしはその保護者に説明し、 同意を求めることが前提となる。 数年の周到な準備期間の後、 本年度はわが国で最初の本格的な多施設共同研究である日本横紋筋肉腫研究グループ (JRSG) が発足した。 このシステムは今後の小児がんの多施設臨床研究のモデルとなる。 JRSG では本研究所に中央病理診断および腫瘍組織バンクが、 本センターの倫理委員会の承認を経て、 設置されることが決定した。 なお、 ウイルムス腫瘍、 Ewing 肉腫の中央病理診断も本研究所 (所長) が行っている。

3 . 小児難治性疾患登録システムの構築に関する研究  小児難治性疾患のほぼ全例を高い診断精度をもって登録し、 その発症数を把握することは、 疾病構造の理解、 費用対効果の評価等、 医療政策決定に欠くことができない基盤事業である。 本研究では、 小児難治性疾患のうち小児悪性腫瘍を具体例として、 現行の小児慢性特定疾患研究事業 (小慢) における小児がんの把握率を調査し、 小慢事業を小児悪性腫瘍登録システムの基盤とすることの可能性を検討するとともに現行の小慢事業で提出されている医療意見書の疾患診断をより精度の高い、 根拠のあるものとし、 小児難治性疾患の発症数の把握を基盤事業として企図することを目的としている。 大阪府地域がん登録資料により、 小慢事業によって 75%に及ぶ症例が把握可能であることが実証された。 さらに、 精度の高い診断の下に疾患登録を行うという目的のため、 悪性新生物医療意見書の診断項目について検討した結果、 小児がんについては ICD-O-3 に準じて、 病理診断名と原発臓器名の両者で登録するシステムを構築することが必要であることが明らかになり、 小児がんに特化したコード表を作成した。 その結果、 小慢事業の法制化に伴いこのコード表に従った医療意見書が採用されることが決まった。 わが国においてエビデンスに基づいた小児がんの実数を把握するため基盤整備の準備が完了した。 発生・分化研究部

[形態発生研究室、 機能分化研究室]  発生・分化研究部は、 平成 14 年 3 月に部長および形態発生研究室長の 2 名体制で発足したが、 機能分化研究室の設置が承認され、 平成 15 年 5 月 1 日付けで大喜多肇が機能分化研究室長として慶應義塾大学医学部病理学教室より着任した。 また、 平成 15 年 6 月 1 日付けで藤本純一郎が副所長に昇任したが、 発生・分化研究部長を併任する形となったため引き続き研究部の運営に当たっている。 本年の発生・分化研究部の構成員は、 藤本純一郎 (副所長、 発生・分化研究部長併任)、 清河信敬 (形態発生研究室長)、 大喜多 肇 (機能分化研究室長)、 竹野内寿美 (流動研究員)、 唐 巍然 (流動研究員)、 田口智子 (がん克服戦略リサーチレジデント)、 片桐洋子 (実験助手)、 松井 淳 (実験助手)、 板垣光子 (実験助手)、 松井 翼 (実験助手)、 曽根美恵 (秘書) および山内祥子 (秘書) であった。

1 . 小児がんの生物学的特徴に関する研究   1 ) 小児血液腫瘍の増殖機序とその制御法開発  (1) 小児 B 細胞由来腫瘍  当研究部では、 小児白血病の代表型である B 前駆細胞性急性リンパ芽球性白血病 (B-precurosor ALL) の増殖機構解明と増殖制御法開発を目指し、 同 ALL における pre-BCR 複合体構成分子を含む刺激伝達分子の発現特性についての検討を行ってきた (Blood 92: 4317、 1998、 等)。 また、 やはり小児期に多いバーキットリンパ腫 (BL) 細胞について、 細胞の生存と死を制御する刺激伝達機構における細胞膜糖脂質豊富マイクロドメイン (ラフト) の関与について明らかにしてきた (J Immunol 166: 5567、 2001、 等)。  本年は、 B 細胞分化抗原であるラフト構成分子 CD24 を介する B-precurosor ALL のアポトーシス誘導と、 pre-BCR によるその抑制、 その調節における MAP キナーゼの関与について明らかにした研究成果が J Immunol に掲載された。  CD20 は代表的なB細胞分化抗原であり、 近年一部の成人低悪性度B細胞性リンパ腫に対してヒト型化抗 CD20 抗体を用いた治療が行われているが、 その作用機序にアポトーシスの関与が推定されている。 これに関し、 BL 細胞株での CD20 誘導性アポトーシスと、 これに対する他の分子の架橋刺激による修飾 (BCR、 CD38、 CD70 等の同時架橋により増強、 逆に CD32、 CD40 等の同時架橋により減弱) Caspase の活性化の調節の関与、 について明らかにした研究成果が Leukemia に掲載された。 CD24 や CD20 への直接的な刺激が白血病細胞にアポトーシスを誘導することは、 ラフト関連分子が白血病治療における標的分子になりうることを示している。  (2) バイオフラボノイドの遺伝子再構成作用に関する研究  年齢 1 歳未満の乳児に発症する白血病は乳児白血病と呼ばれ、 高率に MLL 遺伝子の再構成が見られ、 極めて治療抵抗性である。 トポイソメラーゼ (Topo) II 抑制性抗癌剤の治療による二次性白血病の多くで同一の MLL 遺伝の異常がみられることから、 妊婦の Topo II 抑制物質摂取と同白血病発症との因果関係が強く示唆されている。 これに関し、 米国の R. Strick らが複数のバイオフラボノイド (BFN) が血液系細胞に Topo II 抑制作用を示し、 MLL 遺伝子再構成を引き起こすことを報告した。 BFN は日本茶やハーブ等にも豊富に含まれ、 抗癌作用を持つ物質として健康食品に大量に添加されている。 乳児白血病の発生頻度が東洋人に高いことを考慮すると、 BFN の MLL 遺伝子再構成誘導作用の有無、 乳児白血病発症との因果関係を明らかにし、 妊娠中の BFN 摂取の安全性について検討することは、 小児腫瘍発症機構解明の観点にとどまらず、 食品の安全性や国民の健康管理の面からも重要である。  そこで培養細胞を用いて BFN による MLL 遺伝子の切断についてサザンブロット解析による追試を行い、 さらに新規パートナー遺伝子との融合遺伝子の検出を含めたより詳細な解析方法として、 ligation-mediated PCR 法の確立を試みている。 これと並行し、 後述の in vitro で分化誘導した B 前駆細胞を用いて、 BFN の MLL 遺伝子の切断について検討を開始した。

  2 ) 小児固形腫瘍の生物学的特徴に関する研究  本研究テーマは、 大喜多室長が、 前所属の慶應義塾大学医学部病理学教室在籍当時から継続して行っているものである。 Ewing 肉腫/末梢性神経上皮腫腫瘍群 (以下 Ewing/PNET 腫瘍) は、 小児に好発する骨軟部肉腫であり、 原発性骨腫瘍としては骨肉腫に次ぐ頻度である。 本腫瘍群には特徴的な染色体転座があり、 EWS 遺伝子と ets ファミリーの転写因子とのキメラ遺伝子 (EWS/FLI1、 EWS/ERG、 EWS/E1AF、 EWS/ETV1、 EWS/FEV) が形成される。 病理学的に Ewing/PNET 腫瘍が疑われる症例の切除、 生検材料よりこれらのキメラ遺伝子の発現を RT-PCR 法にて同定し、 塩基配列を決定した。 それによって、 我が国において Ewing/PNET 腫瘍におけるキメラ遺伝子の発現が極めて高頻度であることを示し、 そのタイプ別の頻度を明らかにしてきた。 その結果、 病理組織像を理解したうえで、 キメラ遺伝子の同定という分子遺伝学的解析を行うことが最も確実な診断法であることを示してきた。  Ewing/PNET 腫瘍の発生機序を解明するためキメラ遺伝子が転写を調節する標的遺伝子を cDNA microarray 法にて探索し、 HLH 型分化抑制遺伝子である Id2 が Ewing 肉腫細胞において特徴的に発現が上昇することを明らかにした。 ルシフェラーゼ法によりキメラ遺伝子 (EWS/FLI1、 EWS/ERG、 EWS/E1AF) が Id2 の転写を促進し、 かつ、 その転写促進に ets consensus 配列を利用していることを明らかにした。 さらにクロマチン免疫沈降法によってキメラ遺伝子の産物と Id2 の転写調節配列が Ewing 肉腫細胞内で直接結合していることを示した。 以上の結果から、 Id2 がキメラ遺伝子の標的遺伝子であり、 Ewing/PNET 腫瘍の発生とその生物学的態度に重要な役割を演じていると考えられた (Oncogene 22: 1-9、 2003)。  上記のごとく EWS 関連キメラ遺伝子の存在やその標的遺伝子の存在が明らかになりつつあるものの、 それぞれが腫瘍性増殖にどのように関与するのか、 そもそも Ewing/PNET 腫瘍の発生母地はどこなのかという課題は依然として残っている。 そこで、 Ewing/PNET 腫瘍由来細胞株を用いて、 前者については RNAi によるキメラ遺伝子発現抑制が細胞増殖に及ぼす効果を検討する、 後者については既知の各種抗体等による網羅的発現分子解析を行い他の腫瘍と比較検討することを具体的計画とし準備を行っている。   3 ) 小児腫瘍の診断、 情報発信ならびに検体保存  過去 18 年間にわたり関東地域の小児血液腫瘍の組織診断およびマーカー診断に関するレファレンスラボラトリーとして活動し、 これまでに 1,600 例以上の症例を解析し、 その結果の蓄積を適宜論文発表で情報提供してきた (Br J Haematol 96: 740、 1997、 等)。 また、 病院検査部の協力を得て、 悪性リンパ腫を中心とする小児血液腫瘍のパラフィン切片を用いた最新マーカー診断法を確立してきた (医学検査 47: 700、 1998、 等)。 藤本は、 日本 Langergance Cell Histiocytosis (LCH) 治療研究グループの病理中央診断を担当している他、 日本病理学会編纂の 「小児悪性リンパ腫組織図譜」 の改訂作業において中心的役割を担ってきた。  本年は未分化大細胞性リンパ腫の免疫学的、 臨床的特徴に関する論文を 2 報報告し (Br J Hematol; J Pediatr Hematol Oncol)、 未分化 B リンパ球に特異的に発現する Pre-BCR の検出が前駆 B 細胞由来リンパ芽球性リンパ腫の診断に有用であることを示した研究成果が Modern Pathol にアクセプトされた。  本年、 我が国における小児血液腫瘍の 4 大治療研究グループがインターグループとして日本小児白血病/リンパ腫治療研究グループ (Japanese Pediatric Leukemia/Lymphoma Study Group, JPLSG) を結成した。 JPLSG は統一治療プロトコールに基づく根拠に根ざした医療を実践し、 標準的治療法の確立を目指している。 現在、 小児白血病および悪性リンパ腫に対して複数のプロトコールが実施あるいは計画されている。 当研究部は、 JPLSG の中で病理中央診断事務局として活動することになっている。  小児固形腫瘍についても、 統一治療プロトコールに基づく根拠に根ざした医療を実践し、 標準的治療法の確立を目指した活動が開始されており、 秦 順一研究所長が病理中央診断を担当している。 現在、 日本横紋筋肉腫研究グループ (Japanese Rhabdomyosarcoma Study Group, JRSG) が横紋筋肉腫に対する統一プロトコールの作成を行っているが、 当研究部は横紋筋肉腫の胞巣型に認められる遺伝子変異 (PAX3-FKHR や PAX7-FKHR) 等の同定の作業を分担することになっている。  小児がんは希少疾患であり、 治療成績は全体としては向上してきたが、 依然として小児死因の主たるものである。 また、 極めて難治性の病型が存在すること、 再発例の治療成績は不良であることなど、 多くの課題がある。 その克服には小児がんに関する基礎的研究の推進が必要であるが、 そのためには小児がん組織ならびに細胞の体系的な保存システムの構築が必須である。 上記の各研究グループ内でも検体保存の重要性は認識されており、 血液腫瘍、 固形腫瘍ともに当研究所内に検体保存設備を設置することを決めている。 当研究部はその運用の責任を果たすことになる。

2 . 細胞機能制御、 細胞分化制御に関する研究   1 ) ヒト B 細胞成熟システム構築と B 細胞初期分化解析  小児がんの研究を推進する上で、 腫瘍細胞の特徴解析とその正常発生母体との比較は極めて重要であり、 腫瘍細胞で特異的に起こっている現象を明らかにするのみならず、 細胞系統発生、 増殖および分化の調節機構の解明につながる。 そこで、 小児がんの中で最も頻度が高い B-precurosor ALL の正常発生母体である前駆 B 細胞の成熟誘導培養系の確立とその中での機能分子探索を開始した。 本年は、 ヒト骨髄 CD34+ 細胞をマウス骨髄間質細胞株 MS-5 と共培養することにより、 最終的に約 60%程度の B 前駆細胞 (pro-B 細胞) を得ることが可能な培養系を確立した。  IGF は様々な細胞に作用する増殖因子であり、 IGF binding protein (IGFBP) は IGF に結合してその機能調節を行う蛋白群である。 RT-PCR 解析を行った結果 MS-5 で IGF-I の発現を認めたため、 この培養系に抗マウス IGF-1 抗体を添加したところ pro-B 細胞の誘導数が著しく減少し、 この減少は遺伝子組み換え型ヒト IGF-I の添加により回復した。 抗ヒト IGF 受容体中和抗体や、 ヒト IGF 受容体のキナーゼ活性抑制剤にも同様の抑制効果を認め、 6 種類存在する IGFBP のうち、 IGFBP3 添加で同様に pro-B 細胞の分化誘導が抑制された。 以上の結果は、 ヒト pro-B 細胞の分化誘導にも IGF-I が重要であること、 一部の IGFBP がこれに対する抑制作用を示すことを示唆する。 骨髄間質細胞が IGFBP を産生することが報告されていることから、 IGF-I および IGFBP が B 細胞の初期分化の調節に重要な役割を担う可能性が考えられ、 さらに検討中である。   2 ) Bcl-2 関連 EAT 分子の機能解析  本研究も大喜多 肇室長が継続して行っているものである。 ヒト初期胚のモデル実験系であるヒト胎児性癌細胞の分化初期に発現が上昇する遺伝子として単離された EAT 遺伝子は、 bcl-2 関連遺伝子に属する。 これまでに本遺伝子がマウスの線維芽細胞株においてアポトーシスを抑制することを明らかにしてきた (Jpn J Cancer Res 89: 1326、 1998)。 さらに、 本遺伝子の個体レベルでの機能を明らかにする目的で、 EF1αプロモーターによってほぼ全ての臓器で EAT を過剰発現するトランスジェニックマウスを作製して解析を行ってきた。 本年度は、 同トランスジェニックマウスには、 膵臓のランゲルハンス島の過形成が存在することを報告した (Mol Cell Endocrinol 203: 105、 2003)。 特にインスリンを分泌するβ細胞の過形成が顕著であり、 生理学的検討と併せ、 EAT の過剰発現が直接、 膵ランゲルハンス氏島の過形成を惹起したと考えられた。 EAT が培養細胞のみならず、 個体レベルにおいてもアポトーシス抑制作用を有することが示唆された。  EAT 分子の機能をより詳細に解析することを目的として、 現在、 Cre-loxP システムを利用したコンディショナル・ノックアウトマウスを作製中である。 本年度は、 EAT の遺伝子座に loxP 配列を挿入したマウスの作製に成功した。   3 ) ベロ毒素による細胞機能修飾  平成 8 年の大阪府堺市での大流行に際し、 当研究部では研究所内のプロジェクト研究としてこの課題に取り組み、 Stx による臓器障害機構の解明を多角的に試みてきた。 特に Stx の標的細胞の多様性、 その細胞障害機構におけるアポトーシス誘導の関与を明らかにし、 Stx の作用が A (酵素) サブユニットの RNA 切断作用による細胞毒性のみではなく、 B (結合) サブユニットが細胞膜上の糖脂質 Gb3 と結合することにより、 ラフトを介する細胞内への刺激伝達を誘導することを世界に先駆けて明らかにし、 その詳細の解明に取り組んできた。  本年は、 Stx 高感受性の腎癌由来細胞株 ACHN を用いて、 Stx1 B の結合による細胞内刺激伝達と細胞骨格系との関連に着目した解析を行った。 この結果、 Gb3 を介する刺激伝達により、 Ezrin、 Paxillin、 といった細胞骨格の形成にかかわる蛋白のリン酸化が起こり、 この結果 CD44、 actin、 tublin、 vimentin、 cytokeratin 等の細胞内局在が変化して細胞骨格の再構成が誘導され、 細胞接着性の低下や仮足形成といった細胞の形態変化が起こることを明らかにした。 以上の結果は、 Stx の持つ作用における B sub の役割が単に毒素の標的細胞への吸着のみではなく、 細胞内刺激伝達を誘導することによって積極的に細胞に変化をもたらし得ることを示しており、 Stx B sub による刺激伝達によって誘導される細胞変化の詳細や、 その病態形成における意義についてさらに検討中である。 今後は、 ベロ毒素の作用ということに捕らわれず、 ラフトを介する形態形成にかかわる刺激伝達に関する研究として展開してゆく予定である。   4 ) 細胞膜糖脂質豊富マイクロドメイン (ラフト) の役割  ラフトは、 スフィンゴ脂質 (SL)、 コレステロールに富む脂質で構成される細胞膜中のマイクロドメイン構造で、 GPI 結合蛋白、 Src-型チロシンキナーゼ、 G 蛋白、 等の刺激伝達関連分子が集中して存在することから、 刺激伝達に重要な役割を担うことが推測される。 当研究部では、 Stx の機能的受容体 Gb3 がラフトの構成分子である SL のひとつであることに端を発し、 ACHN 細胞や BL 細胞、 B 前駆細胞に関してラフトを介する刺激伝達機構を明らかにしてきた (J Biol Chem 274: 35278、 1999)。  一方、 各種の細胞機能におけるラフト構造の重要性が認識されてきたが、 それを構成する分子に関する情報は乏しい。 我々は Stx 高感受性の腎癌由来細胞株 ACHN より抽出したラフトを免疫原として複数の単クローン性抗体を作成し、 細胞機能と関連する分子探索を試みた。 1 回の細胞融合から 31 クローンの抗体を確立し、 このうち 21 クローンが脂質に対する抗体 (ひとつのクローンを Raft. 2 と命名) であったが、 驚くべきことにすべて同一の糖脂質、 すなわち monosialosyl galactosylgloboside (SSEA-4) を認識するものであった (Glycoconj J 18: 347、 2001)。 本年は、 ACHN 由来ラフトの脂質成分の中での同脂質の割合が低いにもかかわらず、 非常に高い免疫原性を示す理由に関して、 抗原認識におけるラフトの特殊性という観点からマウスを用いた検討を行った。

3 . 再生医療、 移植医療に関する研究   1 ) 多能性幹細胞の分化と形態形成の分子機構  国立成育医療センターが設立され、 その機能のひとつとしてヒト ES 細胞の樹立が国策として提言され、 研究所としても、 幹細胞による治療に関する研究をひとつの柱と位置付けているが、 当研究部でこれまでに行ってきた細胞分化機序解明についての研究成果や技術などは幹細胞研究にも十分応用可能である。 また、 幹細胞を含む未分化細胞の維持、 増殖、 分化に関する研究は発生・分化研究部のテーマとしてふさわしい。 そこで発生・分化研究部発足にともない新たな研究課題として取り組みを開始した。 胎児性癌 (EC) 細胞は ES 細胞に類似した潜在的多分化能を持つ細胞で、 初期発生のモデルとして用いられる。 細胞骨格は単に細胞の形態を維持するのみならず、 接着に伴う細胞内への刺激伝達の足場として、 細胞運動や形態変化にも重要な役割を果たす。 そこで、 ES および EC 細胞の種々の条件での分化誘導に伴う細胞骨格系分子を中心とした刺激伝達関連分子発現の変化について、 蛍光免疫組織染色−共焦点レーザー顕微鏡を用いた解析を行った結果、 両者において細胞接着関連分子 Fascin が特徴的に発現することが明らかになった。 この発現は分化依存的であり、 初期発生における細胞の形態維持や変化において Fascin が何らかの異なる役割を担っている可能性を示すと考えられ、 現在その機能的意義について検討中である。  前述のラフトを免疫原として得られた Raft. 2 抗体は SSEA-4 を認識する。 SSEA-4 は本来マウス EC 細胞の分化マーカーであり、 最近ではヒトES細胞を規定するマーカーのひとつとして注目されている。 そこで、 マウス EC 細胞株やヒト EC 細胞株を用いて SSEA-4 の反応性を解析した結果、 本来、 細胞膜上に糖脂質あるいは糖蛋白として存在すべき SSEA-4 エピトープが細胞質内で特定の場所に存在することを見いだした。 現在、 その分子の解析を行っている。   2 ) 免疫不全ブタ開発ならびにブタ免疫システム解析  開放的融合研究 (平成 9 〜14 年度) から継続し、 「免疫不全ブタの作出と再生医学への応用」 プロジェクトを農業生物資源研究所安江 博博士との共同研究として行っている。 このブタは免疫不全マウス等に代わる大規模ヒト細胞移植系として、 再生医療モデルや各種のヒト疾患モデル作製への応用が期待される。 これまでにブタの免疫機構解析への応用を目的とした抗ブタ血球モノクローナル抗体として、 6F10 (CD8)、 7G3 (TCR-δ鎖定常部位)、 3E12 (ブタγδ-T 細胞亜群) 等を樹立した。 本年はブタ MHC クラス I 分子を認識する抗体 4G8 を同定し、 その性状解析を行った。 小児思春期発育研究部

1 . 研究体制 小児思春期発育研究部部長:緒方 勤 成長障害研究室長:勝又規行 小児代謝病態研究室研究員:早川 江 流動研究員:深見真紀 (ヒューマンサイエンス財団)、 佐藤直子、 岡田美智代 大学院院生:吉田理恵、 渡邊昌紀、 三宅哲雄 非常勤医師:室谷浩二、 曽根田 瞬、 藤本陽子、 鏡 雅代、 和田友紀、 黒田知子 技師:丹治玉江、 上野ひろ子、 加藤芙美子、 三代川温子、 三上晶子、 小林 泉 国立成育医療センター病院、 慶應大学医学部付属病院をはじめ、 多くの臨床医の協力を得て研究を進めている。

2 . 成長障害   1 ) 擬常染色体領域の成長遺伝子 SHOX (short stature homeobox containing gene) SHOX の半量不全が、 性腺エストロゲンの骨成熟作用および拡張リンパ管の骨圧迫作用のもとで、 低身長のみならずターナー骨格徴候全般を招くことを見いだした。 そして、 性腺抑制療法が有効な治療法になりうることを示した。   2 ) SHOX 遺伝子発現調節領域を, SHOX 遺伝子から 3' 方向へ約 150kb 離れた 39kb 領域に限局した。   3 ) 本邦の遺伝性成長ホルモン欠損症 II 型の患者で GH-1 遺伝子の遺伝子を解析し、 R183H 変異および K41X 変異を同定した。 GH-1 minigene を作成し培養細胞で発現し、 K41X 変異がスプライシング異常をきたして、 優性遺伝形式の成長ホルモン欠損症を引き起こすことを明らかにした。   4 ) FGFR3 遺伝子解析で変異を同定した軟骨無形成症 (achondroplasia) と軟骨低形成症 (hypochondroplasia) の患者で短期の成長ホルモン療法の効果を検討し、 軟骨低形成症 (hypochondroplasia) の患者で良好な成長ホルモン療法の効果が得られるが、 軟骨無形成症 (achondroplasia) の患者ではあまり効果がないことを明らかにした。

3 . 性分化異常症   1 ) X 連鎖性滑脳症・精巣形成障害症候群の責任遺伝子 ARX のクローニングを行い、 新規ヒト遺伝子疾患を確立した。   2 ) XY 女性において SF1 遺伝子異常症を世界で初めて同定し、 機能解析をおこなった。   3 ) 男女共通の外陰部異常症と骨系統疾患を生じる Antley-Bixler 症候群が、 POR 遺伝子変異により発症することを見いだし、 新規ヒト遺伝子疾患概念を確立した。 また、 その発症機序がペルオキシゾーム内の P450 酵素群に関与する電子伝達系異常で説明されることを見いだした。   4 ) 低ゴナドトロピン性性腺機能不全と嗅覚障害を伴う Kallmann 症候群 40 例において、 KAL1 遺伝子変異が約 30%、 KAL2 遺伝子変異が約 10%を占めることを見いだした。 また、 KAL1 遺伝子変異が腎構造異常を高率に合併すること、 KAL2 遺伝子変異が骨の異常をしばしば伴うことを明らかとした。 さらに、 KAL2 遺伝子変異患者が、 不妊治療に良好に反応し妊孕性を獲得し、 その結果、 変異遺伝子が次世代に伝達されうることを 4 家系において見いだした。   5 ) ミクロペニス患者においてアンドロゲン効果に関連する AR と SRD5A2 遺伝子の変異解析を行い、 AR 遺伝子変異を 1 例に、 SRD5A2 遺伝子変異を 3 例に認めた。 そして、 SRD5A2 遺伝子変異患者が原因療法となるジヒドロテストステロン軟膏塗布にのみ良好に反応したことから、 単一遺伝子疾患の診断とそれに伴う原因療法の重要性を確認した。 さらに、 SRD5A2 異常症の診断が新鮮尿のステロイドプロフィール解析でほぼ 100%可能であることを示し、 原因療法が可能な SRD5A2 異常症の簡便かつ信頼できるスクリーニング法を開発した。   6 ) ミクロペニス患者 81 例および停留精巣患者74例においてダイオキシン受容体抑制因子遺伝子の P185A 多型が疾患発症に相関することを見いだした。 これは、 ダイオキシンの内分泌作用にたいして感受性が高い個体が存在することを世界で初めて示唆する所見である。   7 ) ミクロペニス患者 100 例においてエストロゲンα受容体のハプロタイプ解析を 16 個の SNPs を対象として行い、 リガンド依存性転写活性化ドメインに連鎖不平衡領域が存在し、 このハプロタイプ頻度が疾患発症に相関することを世界で初めて明らかとした。 さらに、 停留精巣患者74例と無精子症患者123例において、 同様の解析を進行中であり、 現在、 上記連鎖不平衡領域の頻度が、 患者群と正常群で有意に異なることを見出している。 これは、 内分泌撹乱物質の大部分がエストロゲンα受容体を介してエストロゲン様作用をもたらし、 その結果、 男性機能を低下させることから、 種々の内分泌撹乱物質効果にたいして遺伝的に脆弱な個体が存在することを世界で初めて示すものである。   8 ) ミクロペニス患者においてアンドロゲン効果に関連する AR と SRD5A2 遺伝子の多型解析を行い、 AR 遺伝子の CAG リピート数多型および SRD5A2 遺伝子の V89L 多型が疾患感受性に関与しないというデータを得た。   9 ) ミクロペニスにたいする男性ホルモン療法の効果を検討し、 AR 遺伝子の CAG リピート数多型および SRD5A2 遺伝子の V89L 多型が薬剤応答性多型ではないことを見いだした。  10) 9p 末端欠失と精巣および卵巣機能障害を有する患者において遺伝子型−表現型解析を行い、 この領域に性分化遺伝子が存在することを明確にした。

4 . 副腎皮質刺激ホルモン−副腎系   1 ) 先天性 11β水酸化酵素欠損症の患者で、 CYP11B1 遺伝子の解析を行い、 新規変異を同定した。 変異酵素蛋白の機能解析を行い、 変異酵素蛋白では 11β水酸化酵素活性が損なわれていることを明らかにした。

5 . 生殖機能障害   2 ) 乏精子症患者において、 9p 欠失を有する男性を世界で初めて見いだし、 精子形成遺伝子を約 300kb 領域に限局した。   3 ) 無精子症患者 123 例においてダイオキシン受容体抑制因子遺伝子の P185A 多型が疾患発症に相関することを見いだした。   4 ) 無精子症患者 123 例においてエストロゲンα受容体のハプロタイプ解析を開始した。

6 . 先天奇形症候群   1 ) ヌーナン症候群 50 例において責任遺伝子である PTPN11 変異解析を行い、 PTPN11 遺伝子変異が約 40%を占めること、 および、 変異陽性例と陰性例の臨床像がほぼ同等であるものの、 心疾患と血液疾患の発症率が変異陽性群と陰性群で異なることを見いだした。 そして、 変異陽性のヌーナン症候群における白血病が通常自然寛解することを見いだし、 治療法選択における遺伝子解析の重要性を明確にした。 さらに、 世界で初めて PTPN11 欠失変異を見いだした。   2 ) 人工授精によって出産した Silver-Russell 症候群患児において、 ゲノムインプリンティング異常が存在し、 これが病因となりえることを世界で初めて見いだした。   3 ) Silver-Russell 症候群において本邦初例の母性ダイソミーを有する患者を同定した。 また、 この患者が feeding difficulty や間脳症状を有することから、 成長障害以外のインプリンティング遺伝子が第 7 染色体に存在することが示唆された。

7 . ビタミン及びその代謝酵素の研究   1 ) 細菌のビオチニダーゼ、 リポアミダーゼを、 乳酸菌 (ヤクルト菌) に、 また、 リポアミダーゼを納豆菌に、 それぞれ見出した。   2 ) 酵素にたいする基礎知見を元に、 病気の原因解明への応用を行った。   3 ) タンパク質の N-末端からのアミノ酸配列決定法を、 組織、 体液に応用した。   4 ) 肝臓癌 14 名の原発性 (+HCV 12 名、 +HBV 2 名) 肝癌患者の、 癌部と非癌部の比較から、 癌部で有意に Ki 値が大きい (Wilcoxon 検定にて危険率 0.1%にて有意であること) ことを発見した。 免疫・アレルギー研究部

[免疫療法研究室]  胎生期、 乳幼児期、 小児期を通じて、 免疫システムは病原微生物の侵入に対する生体防御の第一線バリアーとして働くのみならず、 摂取食物や自己の構成成分に対する免疫寛容を獲得して成育環境への適応を促進している。 このような免疫システムの役割として、 感染性微生物を排除する働きのほかに、 生体の恒常性を維持する機能が重要視されている。 本研究室では、 免疫系が成育環境と相互に作用し合いながら形成されていく過程で、 個体としての恒常性維持の機能がどのように働くのか、 また恒常性から逸脱するとどのような機序で組織障害を生じるのかを明らかにすることにより、 小児期の難治性疾患に対する有効な免疫制御の方法を開発することを目的として研究をすすめている。

1 ) 難治性血管炎症候群の病態解明と治療法の開発  原因不明の血管炎症候群の一つである川崎病は、 5 才未満の乳幼児に好発する急性熱性疾患である。 国内の発生数は年間 8 千例と年々増加傾向にあり、 全患者の約 7 %に冠動脈瘤などの心後遺症が発生する。 急性期の治療法としては免疫グロブリン大量静注療法の有効性が実証されているが、 その作用機序は未だ不明であり、 治療不応例も少なからず存在する。 本研究室では川崎病の原因究明とともに、 免疫グロブリン大量静注療法の作用機序を解明し、 さらに有効な治療法を開発することを目指して研究をすすめている。  本年度は、 DNA チップを用いて免疫グロブリン療法前後での川崎病患者の遺伝子発現プロファイルの変化を解析した。 免疫グロブリン療法後に末梢血単核球中での発現が有意に低下する、 多数の遺伝子が見出された。 免疫グロブリン療法の直接標的となっている分子をさらに絞り込むこと、 および血球細胞の量的な変動による影響を排除することを目的として、 精製したモノサイト分画を用いてさらに遺伝子発現プロファイル解析を行った。 この結果、 両方の実験で共通して発現低下していた遺伝子が17個同定された。 モノサイトの細胞表面に存在する刺激受容体や、 モノサイトから産生され血管内皮細胞に作動する分子が含まれていた。 現在これらの分子が、 実際に川崎病患者の急性期の病態において変動することを確認するために、 リアルタイム PCR 法による mRNA 発現量の測定と、 蛋白レベルでの定量化の作業をすすめている。 将来的には、 これらの蛋白を治療効果の判定に用い、 これらの蛋白を標的として新たな治療法を開発する可能性を考えている。

2 ) 感染に続発する免疫異常の病態解明と治療法の開発  近年、 スーパー抗原毒素などの分泌性蛋白や LPS、 ペプチドグリカンなどの細菌細胞膜の構成分子、 CpG オリゴマーや dsRNA などの微生物由来分子が、 一次免疫応答を担う細胞群によって認識され宿主の生体防御反応に参加することが明らかになった。 これらの微生物由来分子は、 炎症性サイトカインの産生を通じて免疫系を賦活化する一方で、 過剰反応によるトキシックショック症候群や免疫不応答状態 (アナジー) を誘導することが知られている。 本研究室では、 細菌由来分子に起因する免疫異常の病態解明と、 免疫系の過剰反応を抑制しつつ、 これらの物質を免疫療法に利用する方法を開発することを目的として、 in vivo あるいは ex vivo で解析可能な動物実験モデルの作成を試みている。  本年度は、 トキシックショック症候群 (TSS) や新生児 TSS 様発疹症 (NTED) の発症機序を明らかにする目的で、 エルシニア菌由来スーパー抗原 YPM によるトキシックショック実験動物モデルの解析を行った。 BALB/c マウスを用いた場合、 致死率は 86%であり、 病理組織学的には肝細胞の広範なアポトーシスや諸臓器でのうっ血を認めた。 また、 YPM によって活性化された末梢血中の T 細胞が速やかに肝臓などの組織へ移行し炎症性サイトカインを過剰産生することが、 ショック死の誘導に最も重要な因子であることを明らかにし、 論文報告した。 トキシックショック誘導の分子機序をさらに明らかにする目的で、 DNA チップを用いて各種の臓器に浸潤した単核球の遺伝子発現プロファイルを作成し、 解析を進めている。 将来的には、 ケモカインやケモカイン受容体をターゲットにした抗体療法の開発に結びつけたいと思っている。 また、 仏パスツール研究所の Carnoy 博士とは、 YPM 遺伝子の変異体をもつエルシニア菌株を用いて、 感染マウスにおける遺伝子発現プロファイルを比較する共同研究を行った。 各施設の新生児科からの依頼に応じて、 NTED の診断に必要な、 黄色ブドウ球菌の TSST-1 産生性や末梢血中 T 細胞の抗原レセプターファミリーの解析なども適宜行い、 情報提供している。

3 ) 乳幼児期の免疫系の発達と障害  小児を対象とした免疫制御療法を開発するためには、 免疫系の発達過程において小児期がどのような特徴と役割をもつのかを知る必要がある。 小児期の免疫細胞の分化と成熟過程にはどのような特徴があるのか、 それが感染防御や免疫寛容の獲得などの免疫応答にどのように影響するのか、 などの観点から基礎的な検討を行うことを目指している。  本年度は、 乳児肝炎の原因として大きな比重を占めるサイトメガロウイルス (CMV) 感染について、 CMV 特異的細胞傷害性 T 細胞の分化・発達の過程を解析する共同研究を開始した。 乳児期に CMV が感染しても不顕性感染の状態で持続したまま成人期に達することが多い。 健常な成人キャリアーにおいては、 CMV 特異的な CD8T 細胞が、 実際に細胞傷害活性をもつエフェクター/メモリー細胞として末梢血中に常在することが示されている。 新たに CMV に感染した乳児において、 CMV 特異的な CD8T 細胞がどのように誘導されるかは未知である。 共同研究を通じて、 乳児期の細胞性免疫の分化過程についての基礎的な検討を行う予定である。

[アレルギー研究室]  アレルギー研究室では、 アレルギー炎症細胞の活性化機構解析とアポトーシスの誘導に関する研究、 アレルギー疾患の発症機序の解析とその予防を目的とした研究、 アレルギー反応を引き起こす抗原蛋白質の同定について主に研究を行った。 その結果、 マスト細胞とともにアレルギー疾患の増悪に深く関連している好酸球上に発現している CD30 に対する抗体で処理することにより、 選択的なアポトーシスを誘導することを発見し、 新規治療薬として特許を取得した。 アレルギー疾患発症機序の解明に関しては、 微生物由来各種 Toll 様受容体リガンドの免疫細胞に対する効果を網羅的に解析し、 数十種類の抗ウィルスタンパク質が、 臨床効果が大きく副作用の少ないことで知られる CpG モチーフ刺激時に特異的に誘導されることを見いだした。 また、 理研横浜研究所免疫アレルギー科学総合研究センター派遣研究員を中心にヒトのマスト細胞は、 インターフェロンγ処理により Toll 様受容体 4 を強く発現すること、 その受容体を介した細菌由来エンドトキシン刺激による遺伝子発現パターンは、 アレルギー反応で見られる IgE 受容体を介した刺激による遺伝子発現パターンとは大きく異なること、 Toll 様受容体 4 を介した刺激により多くの抗ウィルス蛋白が産生されることを見いだした。  ミレニアム・プロジェクトに関しては、 理研遺伝子多型研究センターとの共同研究において、 ゲノムワイドに喘息発症に関連する一塩基多型 SNPs 約 10 万ヶ所の一次スクリーニングが終了した。 網羅的遺伝子発現の成果としては、 @ジェノックス創薬研究所との共同研究により 770 のアレルギー疾患関連新規遺伝子を発見した。 その成果の一つとして、 アレルギー疾患患者では、 ウィルスなどに対する Th1 免疫能を抑制する SOCS3 遺伝子が著しく増加していることを発見した。 また、 Aアレルギー炎症に関わる個々の細胞種 ( 8 種類の白血球、 マスト細胞、 各種上皮細胞) の 3 万種類の遺伝子発現量の正常値を設定した。

1 ) 小児アレルギー疾患の予防制御方法の開発  疫学研究の結果は何らかの自然免疫系の刺激がアレルギー疾患の発症に影響を与えることを強く示唆する。 その機序を解明することはアレルギーの発症を予防するアレルギーワクチンの開発に繋がる重要な課題である。 そこで、 末梢血単核細胞を各種の細菌やウィルス由来産物で刺激した際に発現誘導される遺伝子群を GeneChip を用いて網羅的に解析した。 その結果、 各種の自然免疫系の刺激物質によって特異的に誘導される遺伝子群と、 これらによって共通に誘導される遺伝群とが同定された。 今後はこれらの遺伝子解析を元に、 どの遺伝子の発現増強がアレルギー疾患の発症予防に繋がるかをさらに検討するとともに、 臨床応用する際に副反応となりうる遺伝子の活性化の抑制などを含めた研究を進める予定である。  そのほかの主な成果として、 アレルギー炎症細胞として最も重要な好酸球の細胞表面の CD30 をある種の抗体で架橋することにより非常に迅速かつ強力にアポトーシスが誘導されることを見いだした (Matsumoto K, et al. J. Immunol. 2004)。 このメカニズムを介した好酸球の生存の制御はアレルギー疾患の治療薬として臨床応用できる可能性があることから臨床応用、 実用化を目ざし、 特許出願を行った。  理研横浜研究所免疫アレルギー科学総合研究センター派遣研究員を中心にヒトのマスト細胞は、 インターフェロンγ処理により Toll 様受容体 4 を強く発現すること、 その受容体を介した細菌由来エンドトキシン刺激による遺伝子発現パターンは、 アレルギー反応で見られる IgE 受容体を介した刺激による遺伝子発現パターンとは大きく異なること、 Toll 様受容体 4 を介した刺激により多くの抗ウィルス蛋白が産生されることを見いだした (Okumura S, et al. Blood 2003)。  ミレニアム・プロジェクトに伴う疫学調査研究の結果、 二十歳代の男子の 9 割が、 ダニあるいはスギのいずれかのアレルゲンに感作されていることを見いだした。 この内容については現在、 論文作成中であるが、 毎日新聞第一面などに取り上げられるなど、 NHK をはじめマスメディアで大きな反響があった。 好酸球やマスト細胞などの炎症細胞活性化機構の研究は、 多くの英文雑誌に掲載されており、 今や、 本研究に関する世界的な中核研究施設となっている。 これらの研究成果および付随する詳細なデータはホームページ (http://www.nch.go.jp/imal/) 上でわかりやすく解説を加え公開している。

2 ) ゲノム情報に基づく免疫アレルギー疾患解析研究  ジェノックス創薬研究所等との共同研究の結果、 アレルギー疾患関連新規診断方法や新薬開発に応用可能な遺伝子について、 6 個の特許を申請した。 その成果の一つは、 アレルギー疾患患者では、 ウィルスなどに対する Th1 免疫能を抑制する SOCS3 遺伝子が著しく増加していることを発見したことである (Seki Y, et al. Nat. Med. 2003)。  理研遺伝子多型研究センターとの共同研究において、 ゲノムワイドに喘息発症に関連する一塩基多型 SNPs 約 10 万ヶ所を調査している。 平成 15 年 12 月現在 9 万ヶ所の一次スクリーニングが終了し、 平成 16 年より二次スクリーニングを開始する。 ミレニアム・プロジェクトにおける主な成果としては、 @カナダ・モントリオール大学 Sarfati 教授との共同で、 活性化樹状細胞に特異的に発現され、 樹状細胞の機能を抑制する新規免疫調節物質 thrombospondin の発見 (Doyen V, et al. J. Exp. Med. 2003)、 A慈恵医大浦島充佳講師との共同研究において、 食道癌組織の網羅的遺伝子発現解析パターンと予後の関連の発見 (Ishibashi Y, et al. Cancer Res. 2003)、 B国立医薬品食品衛生研究所との共同研究でアレルギー治療薬グルココルチコイドの代謝酵素における新規 SNPs の発見 (Saeki M, et al. Hum. Mutat. 2003) 等があげられる。 また、 Cアレルギー炎症に関わる個々の細胞種 ( 8 種類の白血球、 マスト細胞、 各種上皮細胞) の 3 万種類の遺伝子発現量の正常値を設定し、 そのデータをもとにアレルギー疾患治療薬候補遺伝子を 22個発見した (Nakajima T, et al. J. Allergy Clin. Immunol. 2004、 日本経済新聞 4 月 4 日付朝刊に掲載)。  ジェノックス創薬研究所は 1996 年度より 7 年計画で国立小児病院との共同研究を中心にアレルギー疾患関連遺伝子発現解析研究を開始した。 2003 年 3 月に計画が終了、 770 の新規遺伝子を発見できた。 これらの遺伝子により新規診断法の確立や新薬の開発が期待される。 ミレニアム・プロジェクトでは、 省庁の枠組みを越えて 11 の大学病院、 国立病院と共同事業を展開している。 研究支援のためのデータベース公開準備作りを行う一方で、 喘息発症に強く関与する遺伝子群をすでに見いだしており、 それらの遺伝子の機能解析を急いでいる。 成育遺伝研究部

 受精・発生分化・胎児・出産・成長・生殖というヒトのライフサイクル (生活環) に沿った総合的な医療が成育医療であるが、 遺伝はこのライフサイクルを回す基本的な仕組みである。 この 20 年来、 遺伝情報を担う物質である DNA の解析技術が急速に進展し、 医学・生物学の分野に大きなインパクトを与えてきた。 ヒトゲノムは 30 億の塩基から構成され、 最近ほとんど解読されたが、 約 3 万種類あるといわれる遺伝子の機能は未だ多くが不明で、 遺伝子機能不全による疾病の発症機構の解明が重要な課題である。  成育遺伝研究部は、 主として DNA 組換など分子生物学的手法を用いて、 ヒト遺伝子の構造と機能について研究している。 特に、 遺伝子の異常によって発症する遺伝病や小児腫瘍の責任遺伝子を探求し、 患者に生じた DNA 変異を解析し、 疾患責任遺伝子の発現調節と機能について解析している。 これらの結果は直ちに診断に役立ち、 また、 生化学的要因が明らかでない多くの遺伝病に対して、 責任遺伝子研究から疾患の病理と病態の解明を図る 「遺伝子発見戦略」 にも貢献するものである。 さらに、 遺伝子情報と遺伝子工学の技術に基いた治療法の開発を目指している。  成育遺伝研究部は疾患遺伝子構造研究室と遺伝子診断治療研究室の 2 研究室からなる。 国立小児病院小児医療研究センター時の先天異常研究部を継承しており、 山田正夫部長、 宮下俊之室長、 田所惠子研究員の 3 名で構成されており、 流動研究員等や、 外部からの医師・研究者・学生を受入れ、 あるいは研究費による研究補助員の参加を得て研究を進めている。 従来から当研究部でポスドク等であった豊田雅士、 長尾和右が、 平成 15 年度より流動研究員となった。 禹麻美は長寿科学財団リサーチレジデントとして引き続き当研究部に参加している。 解放的融合研究員であった於保祐子は理化学研究所ゲノムセンターに職を得て赴任した。 東京医科大学小児科から派遣された宮原 篤医師は臨床に戻った。 日本大学生物資源科学部応用生物科学科から受け入れた山崎麻由は研究補助員として引き続き当研究部に参加している。 また、 ジェノックス創薬研究所に所属していた井上佳織が本年度から当研究部に参加している。 病院部門から、 東 範行医長をはじめとする眼科のスタッフ、 病理の宮内 潤医長、 遺伝診療科の奥山虎之医長、 小須賀基通医員、 産科の佐合治彦医長が当研究部で実験に従事し、 また、 国立埼玉病院・小島洋子医長、 千葉大学小児科・藤井克則、 慶應義塾大学・岡田明子、 福原康之、 およびかつて当研究室で DNA 解析を学んだ何人かが随時参加した。 西村千寿子が実験補助として、 齋藤佳代子が事務補助として研究を支えた。  研究課題の多くは研究所内外の研究室との共同研究であり、 以下に課題ごとに記載した。 他に多くの研究課題が進行中である。 またこれらの研究にあたって、 厚生労働省成育医療研究委託費、 厚生労働科学研究費補助金ヒトゲノム・再生医療等研究事業、 こころの健康科学研究事業、 感覚器障害研究事業、 また文部科学省科学研究費補助金、 国立研究機関原子力試験研究費などにより御援助をいただいており、 感謝の意を表する。

1 . 遺伝性疾患の遺伝子解析とその機能  近年の分子生物学の進展によってヒトのような巨大なゲノムでも遺伝子解析できるようになり、 遺伝病や腫瘍 (あわせて遺伝子病) の責任遺伝子が同定できるようになった。 責任遺伝子が同定されると的確な診断が可能になるが、 対象疾患の多くには根本的治療法が無い。 したがって、 責任遺伝子の機能について解析を進め、 遺伝子から病理と病態の解明を進め、 将来の治療法開発を目指すことが必要である。   1 ) トリプレットリピート伸長病、 歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症 (DRPLA) の責任遺伝子  神経変性疾患の 1 つである DRPLA は、 小脳失調と、 錐体外路系異常による不随意運動の両者が共に認められることに特徴があり、 病理学的には小脳歯状核・その遠心路にあたる赤核・大脳基底核である淡蒼球とルイ体に萎縮性病変が認められる。 常染色体優性の遺伝様式を示し、 日本人に 500 人程度の患者が存在すると推定されているが、 欧米人では稀である。 当研究部は DRPLA 家系の連鎖解析を進め、 可能性の高い領域で候補遺伝子アプローチをとることによって、 染色体 12 番短腕に位置する CAG リピートの伸長が発症原因であることを見出した (1994)。 トリプレットリピート伸長は最近の疾患遺伝子研究の中で見出された全く新しいタイプの変異であり、 表現促進現象がよく説明できる点で、 また重要な疾患群に関係している点からも大きな注目を集めている。 当研究部は、 DRPLA の cDNA およびゲノムを単離して構造決定し、 DRPLA 蛋白質を同定し、 伸長リピートの由来と創始者染色体を明らかにするなど、 DRPLA 遺伝子研究をリードしてきた。 CAG リピート伸長による 「ポリグルタミン病」 については、 疾患ごとに特定の脳組織 (あるいは特定の神経細胞群) で神経細胞死が見られるが、 神経細胞死の分子機構と、 その組織特異性を決定する分子機構、 さらには伸長したリピートの不安定性の分子機構が重要な課題である。 DRPLA の正常機能とあわせ解析を進めている。  1 - 1 ) DRPLA 蛋白質の転写調節への関与  最近、 ショウジョウバエの DRPLA/RERE ホモログ (Atro/Grunge) が単離され、 それは発生分化時に作動する転写調節因子であり、 分節あるいはパターン化に係わることが報告された。 そこで改めて、 哺乳動物の初期胚で DRPLA および RERE-1 の発現を検討した。 予想通り、 発生時の中枢神経系に強い発現を認めたほかに、 四肢の原基で発現を認めた。 このことはショウジョウバエの変異体で羽の形成不全が生じることとの観点で興味深い。 培養細胞系を用いた、 GAL4 あるいは別の結合部位下のレポーターアッセイにより、 ヒト DRPLA/RERE ともに転写を促進/抑制する結果を得ているが、 神経系細胞と上皮系細胞とでは挙動が異なるため、 精査している。 DRPLA/RERE 蛋白が DNA と直接結合する結果は得られていないが、 これらの蛋白が転写の共役因子 (co-factor) であることを示唆しており、 関与するドメイン構造を解析中である。 DRPLA/RERE がヒトの初期発生の形態形成に関与するか否か、 さらにはヒトの形成不全症の責任遺伝子であるかについて解析している。  1 - 2 ) DRPLA 蛋白のリン酸化  フォスファターゼ消化前後のゲル電気泳動度の差違から、 内在性 DRPLA 蛋白がリン酸化されていることについては以前から気づいていた。 リン酸化に関する重要な回路を順次検索し、 最終的に、 c-JUN キナーゼ (JNK) が関与することを明らかにし、 リン酸化を受ける部位 (734 番目のセリン残基) を明らかにした (Okamura-Oho et al. 2003)。 他のポリグルタミン病の遺伝子産物であるハンチンチンやアンドロゲン受容体が Akt によってリン酸化されることが最近報告されており、 これらのリン酸化が神経細胞死との観点で注目を集めている。 リン酸化が凝集性に関与する可能性もあり、 興味深い。  1 - 3 ) DRPLA 遺伝子の選択的スプライシング  複数の研究室から報告された DRPLA の cDNA 配列を比較したところ、 伸長するポリグルタミンにおける多型を別として、 グルタミン 1 アミノ酸残基の有無の差に気づいた。 このアミノ酸残基は我々の配列の 94Q に相当し、 エクソン 4 と 5 の境界に位置する。 そこで、 この差異が選択的スプライスによる結果か否かを解析した。 ミニジーンを用いた実験系で、 実際、 選択的スプライスによって 2 種類のアイソフォームが形成され、 CAG と 3 塩基離れた 2 箇所のスプライス受容部位が使用されることに起因することを明らかにした。 次に、 ヒトの各組織、 および詳細に解剖したラットの脳の各部位における両アイソフォームの mRNA 発現比率を解析し、 CAG を含むアイソフォームが各組織で主産物であることを確認した。 両アイソフォームそれぞれに、 伸長程度の異なる CAG リピートを持つ DRPLA と、 緑蛍光蛋白質 (GFP) との融合蛋白の発現ベクターを作製し、 HeLa 細胞で発現させ、 細胞内局在を解析した。 グルタミン 1 残基を有するアイソフォームはほとんど細胞核に存在するのに対し、 グルタミン 1 残基の無いアイソフォームは、 相当数が細胞質に流出していた。 JNK によるリン酸化に対しては、 グルタミン残基の有無による効果の差はほとんど無かった。   3 塩基離れた 2 箇所のスプライス受容部位の使用による選択的スプライスはこれまで、 レプチンなど、 我々の文献調査では、 5 遺伝子について報告がある。 しかし、 このような微細な差は一般的には無視されたり、 塩基配列決定におけるミスあるいはヒューマンエラーとして処理されていることが多い。 実際、 蛋白データベースの中で不一致とされていた 3 例でこの現象を確認した。 また別のデータベース検索から、 この現象は小数の遺伝子にとどまらず、 広範な遺伝子で生じていることを明らかにしつつある。 3 塩基離れた 2 箇所のスプライス受容部位を使用した選択的スプライスが翻訳領域に生じた場合、 その 3 塩基が翻訳枠とずれていても、 結果的には 1 アミノ酸残基の挿入となることが極めて多いことなど、 本現象に伴う特徴を明らかとした。 最近ヒトゲノムの塩基配列がほぼ完了したが、 そこに存在する遺伝子総数は 3 万程度であり、 予想よりはるかに少ないことが明らかにされた。 ヒトのような高度に組織化された生命体を構築維持していくにはそれ以上の多数種類の蛋白質が必要であると考えられる。 選択的スプライスは一定数の遺伝子から多数種の蛋白質を生じる最も重要な機構であり、 特に、 時間的空間的に割合が変化する選択的スプライスの調節機構は今後最も重要な課題となると考える。   2 ) 眼形成不全症と PAX6  PAX 遺伝子群はペアドドメインを DNA 結合部位とする転写因子をコードし、 種を超えて保存され、 また発生分化に関与する。 その内、 ヒト PAX6 は無虹彩症 (OMIM106200) の責任遺伝子として 1991 年に単離され、 またショウジョウバエやマウスでもそのホモログが眼の形成に関与することが知られている。 我々は 1994 年頃から、 無虹彩症に限定せず、 広範な眼形成異常症について PAX6 変異を解析してきた。 孤立性黄斑低形成症 (OMIM136520) 患者家系で、 ペアドドメインの C 末側半分にミスセンス変異を見出した (1996)。 これは全生物種の PAX 群を通じてペアドドメインの C 末側半分に見出された最初の変異であり、 ペアドドメインの C 末側半分は不要とされていた定説を覆すものであった。 そのとき、 ペアドドメイン N 末側半分を介する DNA 結合によって眼の外側 (虹彩など) の形成に関与する遺伝子を、 一方、 C 末側半分は眼の内側 (網膜) の形成に関与する遺伝子を支配するという仮説を提唱した。 その後も各種の眼形成不全症で変異 (特にミスセンス変異) を見出してきた。 世界中でこれまでに約 200 例の PAX6 変異が報告されているが、 そのほとんどは欠失・スプライス異常・ナンセンス変異などによって不完全長蛋白質が形成される変異であり、 無虹彩症患者で見出されている。 同疾患が優性遺伝様式を示すことからハプロ不全によって無虹彩症になり、 一方、 ミスセンス変異は黄斑低形成症、 白内障、 Peter 奇形など、 さまざまな病態を呈するという基本概念を確立してきた。  その後も各種の眼形成不全症の患者で PAX6 変異を解析し、 視神経形成不全症で PAX6 のミスセンス変異を同定した。 PAX6 遺伝子産物は転写調節因子であるが、 ペアドドメインの N 末側、 C 末側およびホメオドメインの計 3 個の DNA 結合部位を持ち、 また選択的スプライスによってエクソン 5a を含む、 または含まない 2 種類のアイソフォームが存在するなど複雑である。 上記のミスセンス変異を含む合計 11 種類の PAX6 変異について発現ベクターを構築し、 転写調節能を解析している。 転写調節能は試験管内反応によって解析できるが、 その結果を形成能に結びつけるのは困難である。 そこで、 発現ベクターをニワトリ胚に電気穿孔法で導入して発現させ、 その形態形成に及ぼす効果を解析する系も併用して解析を進めている。 (東医長との共同研究)   3 ) 遺伝病の DNA 診断および解析技術の精度向上   4 ) DNA 多型と連鎖検定   5 ) 小児腫瘍における腫瘍遺伝子の構造異常  神経芽細胞種でしばしば増幅し、 予後因子として知られている N-myc 遺伝子について、 増幅の程度を簡便に測定する方法を開発し、 また国立小児病院 (国立成育医療センター病院では申請中) での高度先進医療 「固形腫瘍の DNA 診断」 に協力している (宮内医長との共同研究)。   6 ) 疾患責任遺伝子の発現調節・転写制御  PAX6・WT1・p53 は転写因子であり、 これら転写因子間の相互作用を解析してネットワークを明らかにし、 それによるアポトーシス関連遺伝子に対しての調節を解析している。

2 . アポトーシス機構の解明と臨床応用  アポトーシスは多細胞生物の発生及び恒常性の維持にとって必須の現象であり、 それ故に、 その制御異常は様々な疾患を生ずる。 ヒトの疾患の約 70%においてアポトーシスの異常が直接、 あるいは間接的に関与しているという研究者もいる。 遺伝性疾患においても、 その責任遺伝子産物がアポトーシスの制御に重要な役割を果たす蛋白質である例が次第に明らかになってきている。 そこで我々はアポトーシスという現象の機構そのものを研究対象とする一方で、 遺伝性疾患の発症にアポトーシスの乱れがどのように関与しているかを、 いくつかの疾患を対象として研究している。   1 ) グルココルチコイド標的遺伝子の解析  昨年度に引き続いてグルココルチコイド (GC) 標的遺伝子の解析を行った。 以前我々は GC でアポトーシスを起こす白血病細胞株を用いて、 DNA マイクロアレイ法で GC による遺伝子発現プロフィールの変化を解析し、 GC によって発現量の増加する遺伝子 93 個と減少する遺伝子 28 個を同定した (Yoshida et al. 2002)。 今年度はこれら遺伝子のなかから発現量の増加する遺伝子 3 個に注目し、 その遺伝子構造を明らかにした。 更にそれら遺伝子の 2 個においてプロモーターとイントロンに GC response element の候補配列を見出し、 実際それらが機能していることをレポーター遺伝子アッセイとゲル移動度シフト法により確認した。 更にこれら遺伝子の発現を抑えるべく、 レンチウイルスを用いて small interference RNA を白血病細胞に導入する方法を開発済みで、 今後アポトーシスに与える影響を解析予定である。 この研究は白血病の分類、 予後予測、 新たな抗白血病ステロイド剤のスクリーニング等に貢献すると考えられる。   2 ) アポトーシスのシグナル伝達に関する基礎的研究  アポトーシスのシグナル伝達は一部において (1) 典型的なアポトーシスとは異なる細胞死や (2) 炎症、 免疫反応を起こすシグナル伝達とも複雑に関連してネットワークを形成している。 (1) に関連して今年度我々はオートファジーと呼ばれる細胞死に関連する分子 Spin1 に関して解析を行った。 元々 Spin1 はショウジョウバエのメスで性行動異常を示す変異体から発見された遺伝子であるが、 ヒト Spin1 は細胞株で高発現させると細胞死を誘導した。 この細胞死はカスペースと呼ばれるアポトーシスが起こる際活性化されるプロテアーゼを介さない細胞死であること、 Bcl-2, Bcl-xL といった抗アポトーシス蛋白質と結合しそれらによって細胞死が抑制されること等が明らかとなった (Yanagisawa et al. 2003)。 この研究はオートファジーと呼ばれる細胞死をおこす神経変性疾患 (セロイドリポフスチノーシス等) の病態の解明に貢献すると思われる。 (2) に関して以前我々はプロドメインのみからなるカスペース 8,10 のアイソフォームが Fas 等の Death 受容体を介するアポトーシスを特異的に阻害することを報告したが、 今年度我々は新たにこれらのアイソフォームが炎症や免疫反応に関連する転写因子 NF-κB を活性化することを見出し、 その詳細なメカニズムの解析を行った。 その結果これらのアイソフォームは NF-κB の上流のキナーゼである NIK と RIP に結合すること、 NF-κB の活性化には RIP と IKKαが必要であることが示された (Shikama et al. 2003)。   3 ) 個体発生と発癌の接点に位置する PTCH 遺伝子の解析  PTCH 遺伝子の変異は母斑基底細胞癌症候群 (NBCCS) (常染色体優性遺伝をする神経皮膚症候群、 高発癌性遺伝疾患でもある) や遺伝性全前脳症 (大脳の左右の半球への分裂不全) の原因となる。 また基底細胞癌、 髄芽細胞腫などで LOH がみられること等から癌抑制遺伝子としても働いていると考えられる。 今年度は引き続き NBCCS の遺伝子解析を行い、 症例数が蓄積されて 12 例となった。 新たな PTCH 遺伝子変異を報告するとともに遺伝子診断の感度を従来の報告より格段と高めることができた (Fujii et al. 2003)。 本研究は NBCCS 患者の診断および経過観察に大きく貢献するものである。 また翻訳領域の直上に存在する 3 塩基繰り返し配列の多型の解析、 ヒトおよびマウスに共通して存在することが明らかとなったアイソフォームの構造と機能解析も進行中である。

3 . 遺伝子治療   1 ) リソゾーム蓄積症に対する遺伝子治療法の検討   2 ) 肝臓を標的とした遺伝子治療法の開発と改良 母児感染研究部

 当研究部は小児感染症研究室と感染防御研究室の二室から成り、 胎児・小児期感染症の病態解明と診断・治療法の開発を基本目標とする。  ヘルペスウイルスは胎児・小児期ウイルス感染症の主要病因の一つであり、 日和見感染の病因としても重要である。 近年我が国では、 生活習慣や衛生環境の変化により、 ヘルペスウイルス一般の初感染年齢が上昇し始めているが、 これによる顕性感染の増加と重症化や、 妊娠時初感染による胎児・新生児感染の増加など、 深刻な影響が懸念される。 このためヘルペスウイルス感染症は新興・再興感染症と同等の重要性を持つと考えられる。 小児感染症研究室では、 EB ウイルスをはじめとするヘルペスウイルスの基礎・臨床的研究を行う。 またヘルペスウイルス感染症の変化の実態を明らかにするために、 疫学的調査研究を準備している。  感染防御研究室は、 小児の自然免疫による生体防御機構を分子細胞生物学的観点からアプローチし、 小児期特有の疾患・病態を明らかにすることを目的とする。 特に、 食細胞の活性酸素生成機構の解明とその異常症である慢性肉芽腫症の診断と治療に貢献する事に重点を置いている。

 藤原成悦は平成 15 年 1 月 1 日に部長として着任し、 ヘルペスウイルスを主要テーマとするウイルス学的・免疫学的研究を開始した。 当初は小児感染症研究室長を兼任し、 主要研究機器の購入など研究環境の整備に当たった。 その後、 中村浩幸が同年 8 月 1 日に同研究室室長に着任した。 同研究室では、 今留謙一流動研究員 (平成 15 年 4 月 1 日着任) と五十嵐美絵共同研究員が常時研究を行った。 また、 新倉路生共同研究員が定期的に研究に参加した。  感染防御研究室は平成 15 年 4 月 1 日に綱脇祥子研究員が室長に昇任し、 従来の食細胞の殺菌能に関する研究を続けた。 山下ルシア幸子 (共同研究員)、 松原有美 (東京農業大学大学院博士前期)、 八田太一 (早稲田大学卒研生) が参加した。 八田太一は京都大学大学院医学研究科に進学した。

[小児感染症研究室] 1 . EB ウイルス感染細胞の増殖阻止による新規治療法開発のための基礎研究  ヘルペスウイルスの一種 EB ウイルス (EBV) は、 伝染性単核症 (IM)、 慢性活動性 EBV 感染症 (CAEBV)、 免疫不全宿主のリンパ増殖性疾患等の病因となる。 EBV 感染リンパ球の増殖がこれらの疾患の根本原因であることから、 増殖阻止法の開発が新規治療法に直結すると考えられる。 EBV によるリンパ球増殖は、 in vitro では不死化として再現されるが、 その分子機構は生理的なリンパ球活性化におけるシグナル伝達と遺伝子発現制御を巧みに利用したものとなっている。 従って、 不死化に関わる EBV 蛋白質や、 EBV により発現が誘導され細胞増殖に必要とされる宿主シグナル伝達系の蛋白質は、 増殖阻止の標的として重要である。 具体的な研究プロジェクトは以下の通りである。

  1 ) EBV 感染による異所性 CD40-CD40L シグナルの解析とその阻害によるEBV感染細胞の増殖制御 〈これまでの研究成果〉  CD40 は B 細胞などの抗原提示細胞に発現され、 CD40 リガンド (CD40L) は主に活性化 T 細胞に発現される。 B 細胞の活性化においては、 抗原刺激と T 細胞からのヘルプの二つのステップが必要であるが、 CD40L による CD40 の刺激は後者の中心シグナルとなり、 さらに胚中心の形成、 クラススイッチ、 体細胞超変異、 記憶 B 細胞の分化などにも必要となる。 EBV 感染と CD40-CD40L シグナルの関係について、 今留流動研究員らが東京医科歯科大学において行った研究により以下の点が明らかになっている。 1) EBV 感染により B リンパ球に CD40L の発現が誘導される。 2) CD40 と CD40L の相互作用を阻害すると、 アポトーシスが亢進し、 不死化の効率が著しく低下する。 3) CD40L を欠損する X 連鎖高 IgM 症候群 (XHIM) 患者由来の B リンパ球は不死化の効率が著しく低いが、 CD40 を刺激すると不死化効率が回復する。 4) T 細胞株に EBV を感染させると CD40 の発現が誘導される。 これらは、 CD40-CD40L シグナルが EBV 感染リンパ球の増殖に重要な役割を果たすことを示すとともに、 同シグナルの阻害による新しい EBV 関連リンパ増殖性疾患治療法の可能性を示している。 〈平成 15 年の成果〉  本年は、 鼻腔 T/NK リンパ腫と CAEBV 患者より樹立された EBV 陽性 T および NK 細胞株 (計 10 株) を調べたところ、 全例で CD40 と CD40L の同時発現が認められた。 また、 CD40 と IgG・Fc 部分の融合蛋白質 (CD40・Ig) により両者の相互作用を阻害すると、 A23187 によるアポトーシスが亢進することが示された。 従来、 T 細胞や NK 細胞への実験的な EBV 感染は極めて困難であり、 T/NK リンパ増殖性疾患における EBV の役割は不明であった。 今回の結果は、 EBV が CD40 および CD40L の発現誘導を通じてアポトーシスを抑制することにより、 リンパ球増殖に関わることを示唆するものである。 またこの結果は、 B 細胞のみでなく T/NK 細胞においても CD40 への刺激が細胞の生存を促進することを初めて示すものである。  CD40L および CD40 発現の誘導に関わる EBV 遺伝子の同定を目的として、 遺伝子導入実験を行った。 これまでに EBNA1、 EBNA2、 LMP1、 EBER の各遺伝子をヒト B 細胞株 Ramos および T 細胞株 Jurkat に導入し安定的に発現させた。 現在、 これらの細胞における CD40 および CD40L の発現を検討している。  EBV 感染細胞では、 CD40 と CD40L が同時発現されるため、 両者の相互作用機構の解明は、 その効果的な阻害法の確立のために重要なステップとなる。 国立成育医療センター研究所発生・分化研究部との共同研究により、 共焦点レーザー顕微鏡による観察などを通じてこの相互作用の機構を解析する計画である。

  2 ) EBV 蛋白質 EBNA2 の機能解析 〈これまでの研究成果〉  EBV 蛋白質 EBNA2 は、 リンパ球不死化に必須であり、 多くの EBV 遺伝子と細胞遺伝子の転写を活性化する転写因子である。 不死化においては、 この EBNA2 と LMP1 の二つの EBV 蛋白質が中心的な役割を果たすことが知られている。 我々はテトラサイクリン制御発現ベクターによる EBNA2 遺伝子導入実験により、 EBNA2 がバーキットリンパ腫細胞 (BL) において EBV 複製を誘発することを示した (Fujiwara S et al., J. Virol. 73: 5214-5219, 1999; Fujiwara S et al., Virus Genes 23:361-365, 2001)。 また、 BL 細胞株などにおいて、 EBNA2 が免疫グロブリン (Ig) 遺伝子の発現抑制、 細胞増殖抑制、 細胞死誘発などの作用を持つことが同じ実験系により明らかになった。 EBNA2 のこれらの作用は一見すると不死化とは相容れないが、 EBV 複製誘発、 Ig 発現抑制、 細胞増殖抑制、 細胞死のいずれもが、 同じ BL 細胞において B 細胞抗原レセプターを刺激した場合にも認められることから、 EBNA2 の機能が、 BCR 下流のシグナル伝達・遺伝子制御経路のいずれかのステップを模倣するものであることが強く示唆された。 〈平成 15 年の成果〉  本年はマイクロアレイを用いて EBNA2 発現の有無による細胞遺伝子発現の違いを検討したところ、 幾つかのアポトーシス関連遺伝子が EBNA2 により直接あるいは間接的に誘導されることが示唆された。 しかし、 より網羅的な解析を厳密な誘導発現システムで行う必要があると判断し、 EBNA2 遺伝子を後述する Flp-In/TREx システムに組み込み、 ヒト B 細胞株 BJAB への導入を進めている。

 本研究から派生するテーマとして、 EBV により不死化された細胞が産生するヒトモノクローナル抗体が認識する新規糖脂質に関して日本大学医学部などと共同研究を行った。 その結果、 当該糖脂質が HL60 細胞の顆粒球への分化においてシグナル伝達に重要な役割を果たすことが示された (Nagatsuka Y et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 100: 7454-7459, 2003)。

2 . ヘルペスウイルス感染症の現状分析  初感染遅延によるヘルペスウイルス感染症の変化の実態を把握するために血清疫学・臨床疫学的調査研究を準備した。 以下の項目について、 平成 16 年度に開始する予定である。   1 ) 血清疫学によるヘルペスウイルス初感染遅延の実態把握   2 ) 初感染の遅延によるヘルペスウイルス感染症病態像の変化の解析

3. ヘルペスウイルスによる免疫回避機構に関する研究  ウイルスの感染から増殖に至るまでに必要な機能の多くは、 ウイルスと宿主の相互作用の上に成立している。 そのため、 ウイルス因子と宿主因子の相互作用は、 ウイルスの宿主トロピズム、 体内における感染動態、 病原性発現に重要な要因となる。 また、 個人間での病原性発現の差異は、 ウイルス側と宿主側との要因が複雑に絡み合って発揮されるものと考えられる。 その観点から、 我々は EBV と宿主の相互作用を分子、 細胞、 組織、 個体レベルで理解し、 EBV 関連病態の分子機構の解明および新たな診断・治療法の標的分子の同定を目指している。  ヘルペスウイルスは全て一度感染すると生涯にわたり潜伏感染する。 免疫能が抑制されると、 ウイルスが再活性化され日和見感染症を引き起こす。 従って、 日和見感染症の予防・治療には、 潜伏感染の機構と宿主側の免疫応答機構の理解が必要である。 潜伏感染を可能とするため、 ヘルペスウイルスは宿主の免疫応答を回避する様々な機構を進化させて来たが、 当研究室ではインターフェロンの抗ウイルス作用や細胞増殖抑制作用を回避する分子機構に注目して研究を行っている。 実験計画は以下の 2 項目に分けられ、 まず 1) に着手した。   1 ) 宿主免疫回避に関わる EBV 遺伝子の同定   2 ) EBV による免疫回避の分子機構の解析 〈平成 15 年の成果と今後の方向性〉  (1) 宿主免疫応答の回避に関わる EBV 遺伝子の同定  インターフェロン反応性を示す特徴的な配列 GAS (IFN-γ-activated sequence) および ISRE (IFN-stimulated response element) を含むプロモーターの活性化を指標としたルシフェラーゼアッセイによって、 種々の EBV 遺伝子をスクリーニングし、 抗インターフェロン活性を示す候補遺伝子の同定を行っている。  (2) EBV による免疫回避の分子機構の解析  上記 (1) において同定した EBV 蛋白質について、 細胞蛋白質との相互作用および細胞遺伝子発現への影響を解析する。 具体的には、 当該遺伝子を Flp-In/TREx システムを用いて宿主細胞に発現させ、 ウイルス蛋白質に会合する細胞蛋白質群を質量分析法を用いて網羅的に同定する。 また、 当該遺伝子発現に伴って変動する細胞遺伝子群を DNA チップ (マイクロアレイ) を用いて同定する。

[感染防御研究室]  感染防御研究室では、 自然免疫による生体防御機構の解明を行い、 小児期特有の疾患・病態を明らかにし、 成育医療に貢献する事を目的としている。 特に、 好中球の活性酸素生成機構 (NADPH oxidase system) の解析とその異常症である慢性肉芽腫症 (CGD) に関する研究を中心に据えている。 本年度は、 真菌毒素グリオトキシンによる NADPH oxidase の阻害機序および胃粘膜上皮細胞に於ける自発的活性酸素生成系の解析を進め、 好中球によるベロ毒素デリバリーシステムに関する研究を行った。

1 . 真菌毒素グリオトキシンによる活性酸素生成系の破綻とアスペルギルス侵襲性  当研究室では、 アスペルギルス侵襲性の理解を目的として、 病原因子の活性酸素生成系に対する影響を解析している。 アスペルギルスが産生する病原因子をスクリーニングした結果、 グリオトキシンが好中球の活性酸素生成を著しく阻害することを明らかにして報告した (BBRC, 2000)。  活性酸素生成酵素 (NADPH oxidase) は、 細胞膜因子 (cytochrome b558 の gp91-p22 複合体) とサイトゾル因子 (p67, p47) から成る複合酵素系であり、 Rac2 に制御されている。 通常、 これらの構成因子は細胞膜とサイトゾルに分配され、 NADPH oxidase は不活性型である。 しかし、 病原体を認識すると、 サイトゾル因子および Rac2 は直ちに細胞膜へ移行して cytochrome b558 上で集合体を形成して活性型 NADPH oxidase が構築される、 O2− を生成し、 殺菌に用いられる。 真菌症、 特に、 深在性真菌症に対する宿主のエフェクター細胞は好中球である。 アスペルギルスの殺菌に活性酸素が必須であることは、 CGD がアスペルギルスのハイリスク患者であることからも明白である。 従って、 グリオトキシンによる好中球 NADPH oxidase の阻害は、 アスペルギルスの宿主エスケープにとって最も効果的な方法であると言える。 我々は、 病原因子グリオトキシンが、 NADPH oxidase の活性化に於いて中心的な役割を担う p47 のリン酸化、 それに伴う p47 の細胞骨格への取り込み、 サイトゾル因子の細胞膜移行を阻害する事実を見出した。 サイトゾル因子と異なり、 Rac2 の細胞膜移行は阻害されなかった。 従って、 p47 のリン酸化ステップがグリオトキシンの主要な標的部位であると考えられた。 そこで、 本年度は、 protein kinase C (PKC) 依存 p47 リン酸化に対するグリオトキシンの影響を解析した。  好中球には、 5 つの PKC アイソフォーム (α, βI, βII, δ, ζ) が発現されているが、 p47 は主に PKC βII によってリン酸化される。 更に、 その C 末端を介して PKC βII およびアクチンと会合する事が知られている。 そこで、 リコンビナント p47 を作製し、 PKC βII 依存 p47 リン酸化に対するグリオトキシンの影響を解析した。 In vitro で、 リコンビナント p47 は PKC βII 依存にリン酸化された。 PKC βII の regulatory domain には vicinal SH 基が存在し、 それらと反応する phenylarsine oxide (PAO) は p47 のリン酸化を阻害した。 グリオトキシンは epipolythiodioxopierazine 環を持ち、 PAO と反応様式は異なるが、 環内の disulfide bond がタンパク質中の SH 基と反応して毒性を示す事が知られている。 しかし、 予測と異なり、 グリオトキシンは PKC βII 依存 p47 リン酸化を阻害しなかった。 この結果は、 グリオトキシンが PKC βII の基質である p47 に対しても毒性がない事を示している。 未刺激好中球では、 PKC βII は専らサイトゾルに存在し、 細胞刺激に伴って細胞膜へ移行する。 グリオトキシンは、 この細胞刺激に伴う PKC βII の細胞膜移行を阻害した。 従って、 グリオトキシンに暴露された好中球では、 細胞膜上で p47 と PKC βII の会合が起こらないため、 p47 のリン酸化が阻害される事が明らかになった (Infect Immun, in press)。 NADPH oxidase と細胞骨格系は極めて密接な関係にあり、 全ての O2− 生成活性は細胞骨格画分に回収される。 この事実は、 PKC βII およびサイトゾル因子が細胞骨格系に依存して細胞膜へ移行し、 活性型 NADPH oxidase が構築される事を示している。 従って、 アクチンを含めた細胞骨格構成因子がグリオトキシンの標的分子である可能性が考えられる。

2 . 胃粘膜上皮細胞に於ける自発的活性酸素生成系の解明  ヒトゲノム計画の終了と共に、 プロトタイプである好中球 NADPH oxidase の酸化還元中心、 gp91、 のホモログ遺伝子が非食細胞にも発見され、 Nox/Duox family と命名されている。 我々は、 胃粘膜上皮細胞に存在する活性酸素生成系の解析をこの数年行ってきた。 モルモット胃粘膜上皮細胞は Nox1 遺伝子を発現し、 興味深い事に自発的に活性酸素を生成した。 この微弱な活性酸素は、 過酷なストレスに曝されている胃および腸管上皮細胞の著しいターンオーバー、 即ち、 細胞増殖への関与が示唆されている。 更に、 感染によるこの自発的活性酸素生成の増強は DNA を損傷し、 潰瘍・発ガンの誘発要因となる可能性が示唆されている。  恒常的な活性酸素生成は生体に対して毒性があり、 通常好中球の NADPH oxidase は不活性型であり、 サイトゾル因子が cytochrome b558 上で集合体を形成して初めて活性化される。 Nox1 による自発生成に、 サイトゾル因子 (p67、 p47) は関与しないと考えられていた。 しかし、 我々は、 モルモット胃粘膜上皮細胞に、 抗 p67 抗体と反応するバンドを見出した。 そこで、 胃粘膜上皮細胞と同じ内胚葉性であり、 最初に Nox1 が発見された Caco-2 細胞株を用いてクローニングを行い、 p67 は発現しているが p47 は発現していない事を報告した (BBRC 2002)。 本年度は、 モルモット胃粘膜上皮細胞から得た細胞膜 (Nox1) およびサイトゾルから成る in vitro 再構成実験を行い、 リコンビナント p47 を添加した場合のみ O2− が生成されることを確認した。 さらに、 動力学的解析を行い、 Nox1 の基質が NADH ではなく NADPH であること、 NADPH に対する Km が gp91 と同じであることを証明した (Biol Parm Bull, in press)。 しかし、 自発生成は再現できなかった。 未刺激好中球の p47 は、 自身の SH3 と autoinhibitory region (AIR) 間で分子内結合をしているため不活性型である。 細菌を認知すると AIR 近傍の proline-rich region に存在する 8 個のセリン残基がリン酸化されてこの分子内結合が切れ、 新たに p22、 p67 と分子間結合が形成されて活性化される。 我々は発見することができなかったが、 マウス genome data base を用いてこの AIR が存在しない p47 ホモログ、 p41、 が発見された。 多分、 胃粘膜上皮細胞でも AIR が存在しない p41 が発現しており、 恒常的に p22 と結合して活性型 NADPH oxidase を構築し、 自発的に活性酸素を生成していると考えられる。 実際、 徳島大学との共同研究により、 大腸粘膜上皮細胞に p41 が存在する事が明らかになった (J Immunol, in press)。

3 . 好中球によるベロ毒素デリバリーシステムの解明  ベロ毒素産生性大腸菌 (VTEC) は、 溶血性尿毒症症候群 (HUS) や脳症等の重症合併症を引き起こす。 その原因として、 ベロ毒素 (VT) が B サブユニットを介して標的細胞の糖脂質 Gb3 へ結合し、 逆行性輸送によって小胞体へ到達して A サブユニットが RNA 切断酵素として働き、 細胞毒性を発揮する事が報告されている。 VTEC 感染初期、 腸管粘膜に好中球の浸潤が認められ、 更に、 ベロ毒素が好中球増多、 末梢血への遊走を亢進することが知られている。 しかし、 血漿中にフリーのベロ毒素は存在せず、 腸管から標的組織へのベロ毒素デリバリーシステムは解明されていない。 最近、 ベロ毒素が、 白血球中、 リンパ球・単球ではなく好中球に結合することが報告されている。 実際、 HUS 患児好中球への VT1 および VT2 の結合が報告されており、 好中球がベロ毒素の運搬体である可能性が考えられる。 そこで、 好中球に於けるベロ毒素レセプターの同定を行い、 標的レセプターである Gb3 と異なる位置にバンドを確認した。 現在、 糖脂質の分子構造を質量分析法で解析している。 移植・外科研究部

 当部の研究は臓器移植と再生医療に関連しており、 移植免疫制御、 遺伝子療法、 組織・細胞移植、 胎児治療、 バイオ人工臓器、 ナノメディシンのキーワードで進められている。 以下に当研究部所属メンバーを紹介する。

絵野沢 伸 (実験外科研究室長) 梨井  康 (移植免疫研究室長) 芳賀 早苗 (流動研究員) 尾崎 倫孝 (開放的融合研究研究員 ( 3 月まで)、 4 月より岡山大学医学部助教授) 張  慧h (開放的融合研究研究員 ((財) 医療機器センターリサーチレジデント) 高橋奈々恵 (開放的融合研究研究員 ( 3 月まで)) 藤  直子 (開放的融合研究研究員 ( 3 月まで)、 4 月より共同研究管理室流動研究員) 王  全興 (ヒューマンサイエンス流動研究員) 路    (学術振興会外国人特別研究員 (10月まで)、 11月より渡米) 呂  飛舟 (学術振興会外国人特別研究員) 原  祐子 (研究助手) 若林  恵 (研究助手) 金井 智道 (研究助手) 岩崎 直子 (秘書) 郭   雷 (共同研究員、 東京大院外科) 金治 有彦 (共同研究員、 慶応大整形外科) 川崎美紀子 (共同研究員、 東京農大院畜産学科) 北沢 祐介 (共同研究員、 東京理科大院生命科学研究科) 木村 圭介 (共同研究員、 東京医薬専門学校) 菅沼 靖之 (共同研究員、 東京農大院畜産学科) 武部  泉 (共同研究員、 東京理科大理工学部) 坪内 広太 (共同研究員、 早稲田大学理工) 楢原 克典 (共同研究員、 東京医科大学院外科) 野々目和信 (共同研究員、 富山医科薬科大院第三内科) 林 美都子 (共同研究員、 (株) ハイテック) 福原 康之 (共同研究員、 慶応大小児科) 藤野 真之 (共同研究員、 防衛医大公衆衛生学) 渕本 康史 (共同研究員、 国立成育医療センター外科) 三谷  匡 (共同研究員、 近畿大学先端技術総合研究所)

[実験外科領域の研究] 1 . 生物材料の特性を利用したバイオ血液浄化システムの開発  現行の血液浄化法に対し全く異なった概念による新しい治療法を、 ナノテクノロジー技術の一つである人工プロテオリポソームの利用により確立することを目的としている。 現在、 肝不全や敗血症、 薬物中毒等の治療では透析・濾過と輸液・血漿輸血を組合せた血液浄化治療がなされるが、 効果の限界とともに新鮮血漿の大量消費や血漿に起因するウイルス感染が大きな問題となっている。 この点を克服するため、 細胞の有するバイオ機能から必要なものを抽出、 再構築した機能性プロテオリポソームを構築し、 体外循環技術と融合することにより、 現在の血液浄化法の有する限界と問題点の解消をめざしている。 平成 14 年度は研究遂行に必要な基盤技術の確保を行った。 従来のスケールでのリポソーム量では不足するため圧搾空気を用い、 微細口径メッシュによってリポソームを調製する Lipo Fast を設置し 1 回あたり 100 ml のサンプルを調製することが可能になった。 一方、 トランスポータータンパクも mg スケールの大量が必要となり、 リコンビナント腎細胞 (PCTL-MDR) からの精製ではなく、 Baculovirus と昆虫細胞 (Sf-9) を用いた大量精製系を立ち上げた。 ここで用いた MDR1 遺伝子はヒト副腎由来で、 ポリヘドリンプロモーター、 ヒスチジンタグとともにプラスミド (pVL1392) に構築した。 この系の利用により 0.5 g 湿重量の細胞から約 3.5 mg の粗 MDR1 画分が得られた。 トランスポーターあるいはリポソームの機能と形態の検討には放射性ジゴキシンとの結合アッセイならびに電子顕微鏡観察の基礎検討を行った。  平成 15 年度は前年度の基盤技術を統合させ、 MDR タンパクを組み込んだプロテオリポソームの作出および性状解析を行った。 MDR プロテオリポソームは ATP 存在下で放射性ジゴキシンを特異的に吸着することがわかった。 また、 医療用デバイスへの発展性を持たせるため、 透析カラムによってリポソームを作成する方法を確立した。 この方法はリポソームを大量かつ連続的に作製できるため、 リポソームリサイクル系構築に役立つ技術である。 さらに作製したリポソームの粒径をサブミクロンアナライザーで測定したところ、 上記の Lipo Fast と同様に平均値 100 nm 径の均一なリポソームが得られることがわかった。 また、 透過電子顕微鏡写真によっても形状を確認した。

2 . リソゾーム蓄積症の病態解明と新規治療法開発に関する研究 (遺伝子診療科奥山医長との共同研究)  今年度は、 我々 MPSVII マウスの新生児期に神経幹細胞を移植することにより、 生化学的・組織学的改善、 聴性脳幹反応検査および海馬機能の評価について検討した。 神経幹細胞は移植ドナー細胞としての適性を評価するため、 FACS による神経幹細胞の細胞表面マーカーの検討および、 神経幹細胞の内因性のリソソーム酵素活性の測定を行った。 次に、 GFP トランスジェニックマウスの受精後 14 日目の胎児の脳から神経幹細胞を選択的に培養後、 MPSVII マウスの新生児の側脳室に、 神経幹細胞を移植し、 生後 3 週時の GUSB 活性を測定するとともに、 組織所見の比較検討を行った。 さらに、 海馬機能の評価として Novel object test を用いて、 MPS 非治療群、 治療群、 コントロール群三群を分け検討を行った。  神経幹細胞表面には MHC class II, CD80, CD86, ICAM-1 分子の発現が認められず、 MHC class I 分子も低発現であり、 移植後の急性拒絶反応を起こしにくい細胞であることが明らかとなった。 また、 神経幹細胞は内因性リソソーム酵素活性値が高く、 中でも GUSB 活性値は 200−800 U/mg protein と、 骨髄間葉系幹細胞と比較すると 10 倍程度高いことが判明した。 さらに、 GFP によりマーキングされた細胞は、 移植後脳全体に広がっていることが確認された。 生後 3 週時に移植したマウスでは、 GUSB 活性の著明な増加と組織所見の改善を認めた。 海馬機能の改善について検討では三群ともに、 A vs B, A vs C の探索行動時間の割合(%)は有意差がない。 ただし、 三群ともに、 A より C へ探索する時間の長い傾向にある。 探索時間 (sec) の長さは、 MPS 非治療群、 治療群ともに、 コントロール群との有意差はみられない。 非治療群で探索時間減少の傾向がみられた。  神経幹細胞は、 移植後の急性拒絶反応を起こしにくく、 内因性の GUSB 活性値も高いことから、 MPSVII の中枢神経病変に対する細胞療法のドナー細胞にふさわしい細胞と思われる。 移植後神経幹細胞は、 速やかに脳全体に広がり、 少なくとも移植後 3 週間にわたり、 脳の病理所見を改善させるに足る酵素量を維持できた。 MPSVII マウスの中枢神経病変に対する神経幹細胞の移植療法は極めて有用である。 また、 新生児期 MPSVII マウスの神経幹細胞移植後、 聴性脳幹反応検査において軽度ながら改善を認めた。 海馬機能の評価として行った Novel object test では、 未治療のマウスでは全探索行動時間自体が極端に短かったのに比し、 移植後のマウスでは、 全探索行動時間・探索行動様式が、 正常コントロールと差が無いことが示された。

3 . MF-1 トランスジェニックラットの作製  Michiel らは、 HGF (Hepatocyte Growth Factor) と MSP (Macrophage-Stimulating Protein) の機能ドメインであるα鎖同士からなるキメラ分子で、 細胞浸潤活性を示さずに、 抗アポトーシス作用と増殖のみを示す、 新しい増殖因子 MF-1 (Metron Factor 1) を開発した。 我々はこの遺伝子のクローンを Michiel 氏より譲り受け、 MF-1 を全身、 または目的とする臓器で発現するトランスジェニック動物を試みた。 このトランスジェニック動物を用いることにより、 肝再生機序の解明のモデルとして使える。 また、 このシステムを利用した移植モデル動物の作製が成功すれば、 移植技術の研究開発の場において大きく貢献できるものと思われる。  MF-1 トランスジェニックラット作製用として、 CAG promoter/MF-1/polyA 発現カセットを含み、 先天的に MF-1 を発現させるプラスミドベクター pCCAGGC-MF-1 を作製した。 また、 β-actin promoter/LoxP/Neo/polyA/LoxP/MF-1/polyA 発現カセットを含み、 Cre/LoxP システムにより後天的に MF-1 を発現させるプラスミドベクター pCALNL5-MF-1 を作製した。 これらをそれぞれ導入した株化細胞を用いて MF-1 の発現をタンパク質レベルで検証した結果、 pCCAGGC-MF-1 については、 MF-1 の発現および細胞外への分泌が確認された。 また、 pCALNL5-MF-1 については、 Cre アデノウイルスベクターを添加した場合においてのみ、 MF-1 の発現および細胞外への分泌が確認され、 Cre/LoxP システムが正常に機能していることが確認された。  pCCAGGC-MF-1 由来の CAG promoter/MF-1/polyA 発現カセットを組み込んだ、 Lewis 系トランスジェニックラットの作製を試みたところ、 全体の産仔数も少なく、 スクリーニングできる週齢に至る前にすべて死亡した。 この結果を半ば受ける形で、 現在 pCALNL5-MF-1 由来のβ-actin promoter/LoxP/Neo/polyA/LoxP/MF-1/polyA 発現カセットを組み込んだ、 トランスジェニックラットの作製を試みている。  以上により、 目的どおりに機能するコンストラクトが作製された事が確認できた。 pCCAGGC-MF-1 の発現カセットを用いての、 全身に MF-1 を発現するトランスジェニックラットは、 今回得ることができなかった。 そして現在 pCALNL5-MF-1 の発現カセットを用いた、 Cre アデノウイルスベクター等を投与する事により、 後天的肝臓に MF-1 を発現するトランスジェニックラットの作製を試みている。 これらのトランスジェニック動物が作製されれば、 移植研究の場において、 大いに貢献できると思われる。

4 . 肝傷害時の細胞内シグナル伝達に関する研究  サイトカイン研究でのターゲットとして発見された STATs は、 この分野における中心的なテーマのひとつとなっている。 STAT3 の活性化をもたらす IL-6 や HGF (Hepatocyte Growth Factor) などのサイトカインや成長因子は、 Fas を含むさまざまな肝傷害モデルにおいて、 抗アポトーシス効果を示すことが知られている。 例えば STAT3 活性が欠如している IL-6 ノックアウトマウスをもちいた実験で、 IL-6 が Caspase 活性を阻害するいくつかの抗アポトーシス蛋白 (FLIP、 Bcl-2、 Bcl-xL) を発現することでアポトーシスの抑制が明らかとなり、 IL-6 の肝保護作用機序が報告されている。 我々は Fas 依存性肝傷害実験で、 IL-6 の主要な下流シグナルである STAT3 が Fas-agonist 刺激後におこる肝のアポトーシスを著しく抑制し、 IL-6 の抗アポトーシス効果は主に STAT3 を通して発揮されることを示した。 活性化 STAT3 による抗アポトーシス効果のメカニズムを調べると、 活性化 STAT3 発現実験でも、 抗アポトーシス蛋白である FLIP、 Bcl-2、 Bcl-xL の蛋白レベルで増加が確認された。 これらの蛋白は、 Caspase の活性化を抑えることで、 アポトーシスを抑制する。 FLIP は Caspase-8 の FADD へのリクルートを阻害し、 さらに Bcl-2、 Bcl-xL が Caspase のカスケード反応の下流に作用することにより Caspase-3 の活性化を抑制している。 このように STAT3 を経由する IL-6 pathway は抗アポトーシス蛋白の up-regulation によってアポトーシス抑制作用を示し細胞保護的にはたらいていると考えられた。

5 . 胎児治療デバイスの開発  医療機器の発達により、 内視鏡手術の適応範囲がめざましく広がっている。 成育医療分野では、 その発展形としての胎児治療デバイスの開発も重要なテーマである。 内視鏡手術一般に共通するが、 処置を行うには術部の固定と操作がよく連携して行われなくてはならない。 今回開発を計画中の胎児手術ロボットは把持・剥離・縫合を行うためのマニピュレータと胎児の浮遊・胎動を制限するためのスタビライザーから構成される。 そこでロボットに必要な力学的データを得るため、 ラット胎仔を用い、 胎齢毎の皮膚の粘弾性特性 (最大ひずみ、 残留ひずみ、 疲労) と組織学的変化について検討を行っている。

[移植免疫領域の研究] 1 . 移植免疫寛容の成立に関連する新規遺伝子の探索  本研究は移植免疫寛容状態を作り出す一連の遺伝子の発現について、 生体部分肝移植後寛容誘導できた臨床症例及び動物実験で得られた寛容ラットからの検体を用い、 細胞生物学及び分子生物学的手法により解析し、 免疫寛容の成立に関わる細胞集団及び関連遺伝子発現情報の解析並びに新規免疫抑制遺伝子の探索研究を目的とした。 本年度は研究の遂行にあたっては、 京都大学、 三重大学及び国立成育医療センターの倫理委員会の承認を得た上、 上記の免疫寛容状態に至った 11 人の患者、 家族および正常人から遺伝子検査を含めたインフォームドコンセントを得た。 採取された患者 11人 (T 群 : t1〜t11) と正常人 11 人 (C 群 : c1〜c11) の末梢血リンパ球より、 それぞれ total RNA を調整した。 Humanl cDNA Microarray (Agilent 社) に、 T 群と C 群を競合ハイブリダイゼーションした。 T Ave./C Ave. 値が 2 以上のクローンを 「Up Regulation」、 0.5 以下のクローンを 「Down Regulation」 として抽出した。 また、 分類できるものについてはカテゴリーに分類した。 「Up Regulation」 として、 635 クローンが抽出され、 「Down Regulation」 として、 2005 クローンが抽出された。 可能なものについてキーワードを用いてカテゴリーごとに分類した。 Up Regulation 数 : Down Regulation 数は、 「Apoptosis」 8 : 5、 「Calcium」 8 : 40、 「Cell Cycle」 5 : 8、 「Chemokine」 2 : 13、 「Cyto-kine」 7 : 20、 「Immunity」 40 : 11、 「Kinase」 18 : 65、 「Membrane」 49 : 109、 「Metabolism」 9 : 17、 「Phosphatase」 11 : 24、 「Receptor」 55 : 213、 「Signal Transduction」 11 : 35、 「Transcription」 20 : 88 であった。 この結果から、 T Ave./C Ave. 値、 シグナル値等を考慮しながら、 Up Regulation から CCND2、 CXCL9、 CXCL10、 IFIT2、 CD68、 C3、 TLR4、 TLR7、 DATF1、 TNFSF10、 STAT1、 MAPK6、 ID6、 CBL、 Down RegulationからGOS2、 DUSP1、 IL-1α、 IL-1β、 IL-8、 IL-18RAP、 CCL3、 CCL3L1、 CXCL1、 CXCL3、 CXCR4、 CD31、 CD44、 CD61、 CD83、 CD87、 EREG、 KLRF1、 TNFAIP3、 AATK、 NFTC3、 FOS、 COX-2、 STAT2、 SOCS3、 FKBP9、 Glucocorticoid reseptor-αを、 候補遺伝子として選抜した。 上記の選抜された候補遺伝子のうち、 CBL、 ID3、 TNFSF10、 SOCS3、 Glucocorticoid reseptor-αについて、 RT-PCR を行った。 同時に行った GAPDH の発現レベルにて補正を行い、 T 群と C 群の発現レベルの平均を比較検討した結果、 SOCS3 と Glucocorticoid reseptor-αについて、 その発現が C 群より T 群において低下している事が確認された。 さらに SOCS3 の発現については、 定量 PCR および FACS を用いた検討によっても、 C 群より T 群において低下している事が確認された。 現在他の候補遺伝子についても同様の検討を行っている。  臓器移植分野における移植免疫寛容状態を作り出す一連の遺伝子の発現について、 DNA チップを用いた解析では、 分類したカテゴリーのうち 「Immunity」 のみで、 圧倒的に Down 数より Up 数のほうが多いという結果を得た。 これは、 免疫関連の遺伝子が、 健常人より免疫寛容状態の人において発現が相対的に上昇しているという事を端的に表しており、 能動的作用を以て免疫寛容を誘導する遺伝子の確かな存在を示唆すると考えられ、 大変興味深い。 また、 パスウェイ等を考慮することにより、 使用した DNA チップに搭載されていない遺伝子についてまで考察を深めることも可能である。 免疫寛容状態に至ったヒトのサンプルは大変貴重であり、 このように網羅的に解析できる手技は大変有用であると考えられる。

2 . 心移植慢性拒絶反応の治療戦略推進に向けた基礎実験系の確立  心移植慢性拒絶反応の主要な病理病変は冠動脈硬化である。 その病因は今なお不明な点が多く、 複数の因子が発症に関わっていると考えられている。 そこで、 心移植慢性拒絶反応と関連する遺伝子の探索を目的として、 同種心移植後のレシピエントで特異的に変動した遺伝子をディファレンシャルディスプレイ法と GeneChip 法によりスクリーニングを行った。 心移植拒絶反応における CC ケモカインである MIP-1α、 RANTES、 MCP-1 とそのレセプター CCR1、 CCR2、 及び CCR5 の役割について検討した。 冠動脈に見られる典型的な心慢性拒絶病変は移植後 50 日では見られず 180 日で顕在化した (10)。 MCP-1、 RAMTES、 CCR1、 CCR2 の発現は移植後早期から 50 日に増加、 180 日で減少した。 一方、 MIP-1α、 CCR5 は慢性拒絶病変形成に先立つ 50 日目に顕著な増加が見られ、 心移植後の慢性冠動脈硬化の発症と強く関連する可能性が示唆された。 さらに、 変動した幾つかの遺伝子のうち、 フォスファチジルセリン特異的フォスフォリパーゼ A1 (PS-PLA1) 遺伝子を精査した。 心移植レシピエントラットで PS-PLA1 は移植心の生着日数の増加と共に著名に増加した。 この遺伝子発現増加は移植後の免疫反応、 特に慢性拒絶に強く関連するとみられた。

[厚生労働行政に関わる研究] 1 . 公共的ヒト組織バンクシステム構築に関する検討  手術摘出検体をヒューマンサイエンス研究資源バンクへ提供するに当たっての事前説明補助資料となりうるパンフレットの作成を、 研究者と一般市民の協力を得て行った。 ヒト組織バンクの信頼性を獲得するためには、 病院あるいは日常生活の中でポスターやパンフレットなどによる広報活動が有効である。 しかしながら 「組織」 や 「バンク」 という言葉自体が日常使われる意味と異なり、 一般市民には理解しがたいものになっている。 また、 市民向けパンフレットでは難解な語句をできる限り避けなくてはならないが、 専門家主導で行うと説明の中に知らず知らずに専門用語が入ってしまう。 そこでこれらの点に留意して手術摘出組織の公共的ヒト組織バンクへの提供依頼を行う際の補助資料としてのパンフレットの作成を行った。 初期案では注意したにもかかわらず専門用語が多く、 また、 昨今のインフォームド・コンセント偏重の表れか記述が客観的に過ぎる傾向があった。 そこで、 言葉を選んでわかりやすくし、 一方、 明るい未来を開くために是非協力をお願いするという立場での記載に修正した。 今回改訂されたパンフレットは研究協力のインフォームド・コンセントの補助資料として大いに役立つものと考えられた。 薬剤治療研究部

【研究の概要】  ヒトゲノム塩基配列が明らかとなった現在、 生命科学研究の関心は構造 (塩基配列) から機能ゲノム科学 (Func-tional Genomics) へと移行し、 ポストゲノム時代へ突入しつつある。 従来の分子医学では特定の遺伝子 (産物) に注目して病態や治療を解析してきたが、 ゲノム医学時代に入って系統的なゲノムスキャンニングやプロテオームスキャンニングが可能となった。 このようなゲノムサイエンスの大きなうねりが生命科学研究そのものを大きく転換しつつあり、 これからの生命科学研究の重要な主題は 「ゲノム情報からの生命科学研究」 であると認識している。 この中にあって、 当研究部では、 薬物標的因子の探索・解析を行い、 新規薬物療法の開発を目的に、 G 蛋白質共役型受容体 (GPCR) をモデルにして分子レベルから個体レベルでの機能解析・薬物評価を行っている。

【研究成果】 1 . 遺伝子改変動物を用いた G 蛋白質共役型受容体の個体レベルの機能解析  近年、 G 蛋白質共役型受容体が多数クローニングされ、 それぞれの受容体には従来の薬理特性からは予測できなかった新しいサブタイプが発見され、 サブタイプ特異的薬物による機能評価が行われつつある。 また更に、 遺伝子改変動物を用い、 各サブタイプ受容体の個体レベルでの機能評価が可能となり、 現在受容体機能はこの新しい観点から考え直されようとしている。 このような背景のもと、 G 蛋白質共役型受容体の代表であり、 複数のサブタイプが存在することが知られてきているバゾプレッシン受容体やα1 アドレナリン受容体をモデル系として用い、 遺伝子改変動物 (ノックアウトマウス、 トランスジェニックマウス) による各受容体の個体レベルでの機能評価と新規開発薬物の個体レベルでの薬効評価を行っている。  これまでに、 それぞれの受容体サブタイプの遺伝子改変動物を作成するためにマウスの受容体サブタイプ遺伝子のクローニング、 遺伝子構造の解析、 遺伝子改変用プラスミドの作成を行ってきている。 本年度は、 各受容体のうち特に生理機能が明らかになっていないα1D アドレナリン受容体、 V1a、 V1b バゾプレッシン受容体について、 マウス未分化胚細胞を用いたジーンターゲティング法およびトランスジェニック技術を用いて遺伝子改変マウスの作成を行い、 この変異動物を解析し、 受容体の生理機能、 薬物の選択性を明らかにした。  具体的成果としては、 本年度はマウスα1D アドレナリン受容体のノックアウトマウスの作製および解析を行った。 本研究から、 血管のα1 アドレナリン受容体の機能的意義について、 以下のような新たな知見が得られた。  ア) 大動脈標本でのα1 アドレナリン受容体作動薬 (カテコールアミン、 フェニレフリン等) に対する収縮に寄与する受容体サブタイプは、 α1A、 B、 D のサブタイプの中ではα1D アドレナリン受容体が最も優位である。  イ) α1D アドレナリン受容体ノックアウトマウスでは、 セロトニンあるいは KCl のようなα1 アドレナリン受容体作動薬以外の血管収縮生物質に対する感受性が亢進している可能性がある。  ウ) α1D アドレナリン受容体ノックアウトマウスでは、 カテコールアミンによる昇圧反応が低下しているとともに、 安静時における血圧も低下していたことより、 α1D アドレナリン受容体は血管平滑筋において循環機能維持に重要な役割を演じている。  さらに、 α1D アドレナリン受容体ノックアウトマウスをもちいて中枢神経系におけるカテコールアミン/α1D アドレナリン受容体の機能解析、 高血圧発症におけるα1D アドレナリン受容体の機能解析を行った。 α1D アドレナリン受容体ノックアウトマウスでは、 痛覚刺激に対する反応性が低下、 作業記憶が低下していたことより、 カテコールアミンによるこれらの生理作用にα1D アドレナリン受容体が関与していることが明らかになった。 また、 高張食塩水を用いた高血圧モデルの作成においてα1D アドレナリン受容体ノックアウトマウスでは、 コントロールに比べ有意に高血圧の発症が低下していたことより、 高血圧発症・維持においてα1D アドレナリン受容体が関与していることが明らかになった。  以上、 α1D アドレナリン受容体ノックアウトマウスの解析より、 サブタイプ選択的なα1D アドレナリン受容体拮抗薬の開発により、 現在臨床応用されているα1 アドレナリン受容体拮抗薬に比べ、 血圧調節においてより選択的な降圧剤となる可能性が明らかとなった。  また、 マウスバゾプレッシン受容体ノックアウトマウス (V1a、 V1b サブタイプ) の作製・解析を行った。 マウス V1b バゾプレッシン受容体ノックアウトマウスの解析の結果、 V1b バゾプレッシン受容体は、 視床下部−下垂体−副腎系においてホルモン調節に重要な働きをしていることが明らかになった。 さらに、 ランゲルハンス細胞において V1b バゾプレッシン受容体がインスリン分泌に重要な働きをしていることも明らかになった。 以上の結果より、 V1b バゾプレッシン受容体選択的作動薬により、 生体内において ACTH 分泌、 インスリン分泌刺激効果が期待され、 選択的薬物の開発によりこれらの薬理効果が期待できる。

2 . 生体内オーファン G 蛋白質共役型受容体のリガンド、 機能探索  ヒトを含み全ての多細胞生物は、 数々の情報伝達物質による細胞間コミュニケーション・ネットワークによって生命維持に必須のホメオスターシスを保っている。 例えば 食欲、 睡眠、 呼吸・循環などの我々がごく日常的に経験する基本的な生命現象の制御もすべて、 複雑な全身性あるいは局所性の細胞間情報ネットワークによって営まれている。 細胞間情報ネットワークは、 まずホルモンや神経伝達物質等の細胞間情報伝達物質 (リガンド) を同定し、 さらにそれらを特異的に認識する受容体を同定することにより、 大きく理解が進展してきた。 しかし、 新しいリガンドの発見は、 近年徐々に 頭打ちの感が出てきており、 研究手法の転換が必要と考えられる。  現在臨床応用されている薬剤の約半数は、 多様なリガンドを感知する G蛋白共役型の細胞表面受容体群を作用標的としているが、 その大半は未だにオーファン受容体として残されたままであり、 ポストゲノムにおける生体内情報伝達ネットワークの基礎研究およびその応用としてのゲノム医薬開発の両面から見て、 無限の可能性を秘めている。  本研究部では、 リガンドが同定されていない受容体 (オーファン受容体) を ターゲットにして、 未知のリガンドを探索し、 その機能と作用機構を探究することにより、 生命現象の理解を深め、 新規医薬品等への応用の可能性を探索することも研究テーマとしている。  具体的な研究手法としては、 通常の薬理学と逆の研究手法を採る。 すなわち受容体をコードするゲノム情報からオーファン受容体を得、 それを釣り餌として対応するリガンドを同定する手法を用いて、 リガンド−受容体で構成される特異的な情報伝達経路を探索する。 また、 これと並行して、 リガンドが特異的に結合したときに生じる細胞内シグナルの高感度検出系を、 従来から行ってきた受容体の可視化技術を組み合わせ開発する。 さらに、 リガンド及び受容体の遺伝子を欠損あるいは過剰発現する動物 (主としてマウス) を作製し、 新規の細胞間情報ネットワークの機能解明を行い、 生体内の高度な制御機能解明へと迫る。  本研究課題は、 基本的な生命現象の遺伝子レベルでの解明に資するばかりでなく、 受容体が新規医薬創製のためのターゲットとなり得ることから、 現状で克服が困難な疾患に対する先進医療技術等の実現に向けた、 先端的基盤技術の創出につながることが期待される。

3 . G 蛋白質共役型受容体の遺伝子発現レベルにおける機能解析   1 ) 臓器別標準化 cDNA マイクロアレイを用いた疾患モデル動物の解析  国際的ヒトゲノムプロジェクトにより 2001 年はじめにヒトゲノムのドラフト配列が発表された。 その結果、 当初 10万個前後存在すると考えられた発現遺伝子数が 3 万個前後であることが明らかになった。 今後は、 この少ない遺伝子がどのようにして高次機能を発揮しているか (機能ゲノム科学) へ研究の焦点が移行すると考えられる。 遺伝子機能解析に関しては未だ汎用性のある方法論が確立していないが、 近年開発された cDNA マイクロアレイ法は、 微量検体で発現変動している遺伝子群を解析する技術として現在飛躍的にその普及性をのばしており、 その応用はゲノムプロジェクトより得られた遺伝子情報と相まって、 今後遺伝子機能解析の最有力な技術となることが期待されている。  次世代の医薬品探索にこれらの技術を導入することは、 種々の病態に特異的な遺伝子発現パターンを同定し、 医薬品開発のターゲットを迅速に発見することを可能にする。 このような背景のもと、 我々は病態モデル動物の病態特異的遺伝子発現を明らかにすることを目的に、 各臓器別標準化 cDNA ライブラリーの作成を行い、 それを遺伝子ソースとして臓器別標準化 cDNA マイクロアレイの構築を行った。 また、 実際に作成したマイクロアレイを利用して、 IgA 腎症モデルマウスの腎臓における遺伝子発現解析、 白血病細胞における遺伝子発現解析を行った。  具体的成果としては、  a) 臓器別標準化 cDNA マイクロアレイの作成  腎標準化ライブラリーより、 任意に 4224 クローンを選択し、 マイクロアレイを作成した。 様々な遺伝子をランダムにスポットしたマイクロアレイと、 今回作成した臓器別標準化 cDNA マイクロアレイに腎臓由来 RNA から作成したターゲット cDNA をハイブリダイズし、 それらを比較した。 様々な遺伝子をランダムにスポットしたマイクロアレイでは、 解析可能なシグナル強度が得られないスポットが多く存在したが、 標準化 cDNA マイクロアレイでは、 80%以上のスポットにおいて、 解析可能なシグナル強度が得られた。 塩基配列解析の結果、 このマイクロアレイには少なくとも 3000 の独立クローンが存在することが判明し、 ライブラリーの標準化が確実に行われていることを確認することができた。 以上のことから、 標準化 cDNA ライブラリーとマイクロアレイを組み合わせた臓器別標準化 cDNA マイクロアレイは病態モデル動物の評価に有効である可能性が示された。  b) cDNA マイクロアレイを用いた IgA 腎症モデルマウスの解析  腎標準化 cDNA マイクロアレイを用いて、 IgA 腎症モデルマウスである HIGA マウスの腎臓における遺伝子発現解析を行った。 その結果、 組織学的には 6 週齢では病態が現れていないが、 遺伝子発現においてはすでに発現変動が見られることが明らかになった。 また、 メサンギウム細胞の増殖など明らかな病態が認められる 25 週齢では、 6 週齢に比べて遺伝子発現の変動が小さいことが明らかになった。 有意な発現変動が認められた遺伝子には、 細胞周期や細胞増殖に関連する分子が含まれ、 特に成長因子、 及びその受容体の発現変動が認められた。 その中には PDGF (platelet-derived growth factor) などヒト IgA 腎症患者において発現上昇が報告されている遺伝子、 メサンギウム細胞の増殖に関連すると報告されている遺伝子なども存在した。  変動した遺伝子には病態との関連が報告されていない 7 回膜貫通型受容体 EDG5 も含まれていた。 EDG には互いに配列相同性の高い 8 つのサブタイプが存在する。 マイクロアレイでこれらの受容体の識別ができているか確認するために、 各サブタイプ特異的プライマーを用いて、 半定量的 RT-PCR を行った。 その結果、 EDG5 はアレイデータと同じ程度 (約 3 倍) の発現上昇が認められ、 EDG6 が約 4 倍、 EDG2、 3 が約 2 倍発現が上昇していた。 EDG5 のリガンドである Sphingosine-1-phosphate (SPP) は PDGF の刺激によって産生されることが示されている。 我々は、 PDGF がリガンドである SPP のみでなく受容体も発現上昇させるのではと考え、 ラット培養メサンギウム細胞を用いて実験を行った。 その結果、 PDGF 低濃度では EDG5 のみが、 高濃度では EDG1、 2、 3、 5 の発現上昇が認められた。 PDGF と SPP がメサンギウム細胞の増殖に対して正に働くことから、 病態時のメサンギウム細胞の増殖にこの PDGF-SPP-EDG の系が働いていることが考えられた。  以上より、 臓器別標準化 cDNA ライブラリーは、 その臓器で高発現している遺伝子を適度に排除し、 発現量の少ない遺伝子を濃縮したものである。 それを元に作成した臓器別標準化 cDNA マイクロアレイは、 様々な遺伝子をランダムに張り付けた一般的なマイクロアレイよりも病態モデル動物の各臓器における遺伝子発現解析に有効である。 今後は、 ノックアウトマウスなどを用いたパスウェイ解析や薬物応答性、 副作用に関連する遺伝子群の解析など広く適応を考えている。

4 . リガンド開閉型受容体チャネルの機能解析  上述した G 蛋白質共役型受容体に加え、 細胞膜上に存在し、 各種薬物の標的と成り得る受容体蛋白質にはチャネル型の分子が挙げられる。 我々はこのリガンド制御性チャネル型受容体に関しても、 機能解析を通じて新たな薬物治療の方法を検索している。 具体的には、 細胞内でエネルギー貯蔵に利用されるアデノシン三リン酸 (ATP) が、 細胞障害時や、 神経伝達物質分泌時に細胞外へ移行しオートクライン、 パラクラインとして各種細胞機能を制御することを明らかにしてきた。 特に、 細胞膜表面のチャネル型 ATP 受容体 (P2X 受容体) ファミリーについて、 その全て (P2X1-P2X7) のサブタイプをクローニングし、 分子生物学及び、 細胞生物学の手法を用い、 この受容体の活性化、 不活化の分子機構、 及び薬物によるそれらの修飾に関する新たな機能調節様式について知見を得た。  これまでに、 全ての P2X 受容体サブタイプについて、 チャネル活性化による電流と、 細胞内カルシウム反応の相関を解析し、 この受容体の機能発現には、 膜電位の脱分極に加えて、 細胞内カルシウムの上昇が重要な役割を担うことを明らかにしている。 この結果は P2X 受容体の発現量の多い下垂体組織等での P2X 受容体の役割を理解するために有用であると考えられた。  本年度は、 P2X 受容体は下垂体、 副腎皮質、 膵臓などの内分泌臓器と神経系に存在し、 その活性化は標的細胞内カルシウム濃度を大きく変化させ、 シナプス伝達を含めた各種分泌機能を明らかにした。 この際に異なる P2X 受容体サブタイプ同士が集まって一つのチャネルを形成すると、 同種のサブタイプのみによって形成されるチャネルとは異なった薬物感受性や、 活性化様式を示すことが分かった。 この分子機構は、 受容体の細胞外部分と細胞内カルボキシル基末端におけるドメインにより協調してなされることを明らかにした。 また、 このような異種サブタイプによる P2X チャネルの中で、 脊髄における痛覚の伝達に重要な P2X2/P2X3 チャネルに特異的に結合し、 その働きを調節する薬物が 8-azidoATP であることを発見した。  今後さらにこの受容体について理解を深めることにより、 痛みなどの ATP による情報伝達機構の解明と、 新たな薬物開発の可能性が考えられる。

5 . EBM による治療の薬理作用に関する研究  研究の目的:大規模臨床試験に基づく薬物治療の目的は、 医療、 社会、 経済の各分野において、 より効果的、 効率的な治療方針を解明することにある。 これまで経験的に使用されてきた治療薬の使用に、 多数の症例から成る統計的な論理基盤を与える意味で、 EBM (Evidence baced medicine) による治療が果たす意義は大きい。 しかし、 このようにして有効性が示された個々の薬物についても、 全ての薬理作用が解明されているわけではない。 薬物の作用点が受容体分子である場合も同様で、 一つの薬物が複数の異なる受容体サブタイプに、 特有の優先順位で作用する。 そこで、 大規模臨床試験で有効性が示された薬物の作用点を、 ヒトゲノム情報を利用して包括的に解明し、 これまで不明であった薬物の作用機構を解明していくことは、 新たな治療標的分子の発見と、 より選択的な薬物の開発を効率的に行える方法であると考えられる。  研究計画:本研究では、 これまで多数の患者を対象とした大規模臨床研究で有効性は示されてはいたものの、 作用機序の解明が不十分であった薬物として細胞膜に存在する G タンパク質共役型受容体の拮抗薬について、 その特性を明らかにし、 より効果的な治療法の基盤を構築する。 これら受容体に対する薬物は特異性が低く、 副作用を伴うことも多い。 このため、 個々の受容体特異的な作用を理解し、 より効果のある副作用の少ない新薬を得ることは、 これまでの薬物のみを使用した基礎実験からは困難である。 具体的にそのような薬物の一例として、 幾つもの大規模臨床試験において、 慢性心不全治療薬として効果が確立されたカルベジロールが挙げられる。 この薬物はアドレナリン受容体サブタイプに広く作用することが知られているが、 その正確な分子標的となるサブタイプ特異性や順序については未だ不明な点が多い。 そこで、 この研究において、 ヒトアドレナリン受容体発現細胞系と特定のサブタイプ受容体を欠損させた動物を用い、 受容体特異的生理作用を同定した上で、 カルベジロールの作用点を明らかにする。 さらに、 薬物使用によるトランスクリプトーム、 プロテオームの変化を網羅的に解析することにより、 心不全治療に有効な情報伝達系における新たな、 特異性の高い治療対象を同定する。  この研究の成果は、 既に大規模臨床試験で有効性が示された治療法について、 そのメカニズムに対する理解を分子レベルで深め、 さらに有効で副作用の少ない次世代の薬物を開発する方法論的基盤を示すことにあると考えられる。 成育社会医学研究部

【研究の現況】  成育社会医学研究部は、 生命の誕生から次世代の出産までのライフサイクルにおける疾病、 心身の発達や健康問題に関する動向および新たな問題の把握とその原因、 小児・家族を取り巻く生態システムの変容の把握と健康影響を解明し、 予防、 臨床、 基礎研究、 行政施策に供することを目的としている。 現在は成育生態研究室と成育疫学研究室から構成され、 こころのケア研究室の開設が計画されている。

[成育生態研究室]  当研究室は、 小児の発達と疾病を遺伝要因と小児を取り巻く生態システム (生物・物理・社会環境) の両面から解析し、 特に環境の影響と問題点を明らかにし対策を検討すること、 および小児の難治性疾患と養育に関する全国継続調査を行い、 多面的な活用が可能なデータベースを構築し、 動向をモニターし、 有用な情報を抽出して学術研究・行政施策に供することを方針としている。 室長は公募中で、 今年は、 谷村雅子 (成育社会医学研究部長)、 相模あゆみ (流動研究員)、 林はるみ、 大熊加奈子、 松井一郎 (前小児生態研究部長) を中心に以下の研究が進められた。

1 . 小児がん、 児童虐待などの小児難治性疾患の全国実態把握と要因解析 (谷村、 相模、 林、 大熊、 松井)   1 ) 小児がん全国登録事業と小児がんの遺伝疫学的研究  本事業は 1969 年に (財) がんの子供を守る会の委託事業として開始され、 当部は 1985 年より事務局を担当している。 今年は 「疫学研究の倫理指針」 に則った登録システムを検討し、 患者家族の IC 取得、 個人情報と臨床情報との分離保管を考慮した調査票に変更した。 例年通り、 実態と発生動向の把握の為の年次統計を報告し、 また、 世界最大 (約 4 万例) の小児がんテータベースが広く活用されるよう外部からの登録資料利用の申請を受けて、 肝未分化肉腫の発生状況、 副腎がんの発生状況など 6 件の検索・集計報告や小児がん家族への疾患の情報提供などを行い、 また、 登録した主治医を中心とした共同研究を呼びかけた。  小児がん全国登録データベースから極低出生体重児の肝芽腫の最近の急増を世界に先駆けて報告し、 極低出生体重児は肝芽腫リスクが高いこと、 患者対照調査から酸素投与日数が危険因子として推定されたこと、 低出生体重児は体重が 1,500 g を越えるまで尿中 8-オキシギアニン量が多いがその後は正常値になることから、 低出生体重児の未熟性と酸素による DNA 障害との関連性が示唆されたこと等を報告してきた。 極低出生体重児の生存率が向上して学齢期に達していることから、 今年は低出生体重児の年長期までの小児がんリスクを検討したが、 肝芽腫でのみリスク上昇が示され、 出生体重 2,500 g 以上の群に対する肝芽腫相対危険度は 2,000〜2,499 g で 1.4、 1,500〜1,999 g で 2.5、 1,000〜1,499 g で 5.9、 1,000 g 未満で 46.4 と出生体重が低いほど高かった。 また、 出生体重 1,000 g 未満児では出生年 1985−89 年で 29.3、 90−94 年で 46.7、 95−99 年では 63.6 と年々上昇しており、 低出生体重児の生存率の向上に伴って今後も発生数の増加が予想され、 早期発見体制の強化が望まれる (日本癌学会)。  その他、 小児がんの年齢特異的臓器依存性、 既知のがん関連遺伝子の年齢層別形質発現の把握と遺伝的異質性の検討を目的とした先天異常合併状況、 既往歴、 家族歴の遺伝疫学的解析、 神経芽腫の 6 カ月マススクリーニングの効果についての解析を続け、 ダウン症候群と胚細胞腫瘍との関係、 神経芽腫の家系分析などについて、 登録した主治医と共同研究を行っている。   2 ) 児童虐待の実態把握と予防のための全国継続調査による社会病理学的研究  児童虐待の発生と関係機関の取組みの実態把握を目的として、 わが国で初めて、 児童虐待に関わる全領域を対象とした調査を実施し、 発生実態に即した対応体制の整備に資料提供した。 調査は、 保健、 医療、 福祉、 教育、 警察、 司法、 民間の関係機関の協力を得て 11 地域 (日本の人口の 12%) の関係機関の網羅的調査 (約 40 種 19,900 機関) と主な関係機関の全国調査 (27 種 90,000 機関) を統一の調査票で郵送法で行った。 平成 12 年度に把握された家庭内虐待とその疑い、 並びに類する行為の事例が約 14%の重複例を含めて 24,744 例報告され、 社会的介入を要する児童虐待の年間発生数は 35,000 人、 0 〜17 歳 1,000 人中 1.54 人と推定された。  本調査の死亡例と報道例の照合の結果、 1 年間に約 180 名の児童が虐待で死亡していると推定され、 全虐待事例に較べて死亡例は乳幼児が多く、 0 歳が 40%、 3 歳以下が 74%を占め、 0 歳児では月齢 2 ヶ月までと第 2 子以降が多かった。 死亡事件で初めて虐待が発覚した例が 62%を占め、 それらには実母または父親による身体的虐待が多く、 他方、 以前から機関が関与していた例には実母によるネグレクトが多かった。 これらの結果を報告し虐待死防止策を提言した (子どもの虐待とネグレクト、 2003)。  虐待発生の地域差の実態を把握し地域要因を推定するため、 全国を 934 地域に分け、 平成 12 年度国勢調査の人口学的属性と児童虐待実態調査の虐待発生率との関係を解析した。 その結果、 虐待発生率と都市化に関連する属性 (共同住宅居住者率、 人口密度、 核家族世帯率、 第 3 次産業従業者率などの増加) 並びに失業率の増加との有意な相関が示され、 大都市での発生は農村地域の約 2 倍を越えていた (日本子どもの虐待防止研究会)。 これまでも児童虐待の社会的要因として核家族化や経済的不安定が経験的に推察されていたが、 全国実態調査により初めて客観的な解析が可能となり、 地域の都市化と経済的不安定に関する地域属性が虐待発生率のリスク要因として示された。 各地で急速な都市化が進行している我が国において、 適切な予防的対策を施さなければ児童虐待が増加し深刻化することを示唆している。 わが国の都市化は戦後の個人主義や情報化と同時に急速に進行したため、 どの属性が虐待発生に最も関与しているのかは本調査では判らない。 わか都市の養育環境としての問題点を多面的に明らかにして有効な対策を考えたい。  その他、 実態調査の機関調査に記載された各機関の取組みの工夫と問題点の整理、 1986 年に開始した小児科を対象とした調査を継続し、 また、 被虐待児童の治療とその評価方法の確立を目的として、 全国の情緒障害児短期治療施設の児童の縦断調査の解析を行っている。  わが国の児童虐待の実態と期待される対策について、 日本子どもの虐待防止研究会 (教育講演)、 訪問看護従事者研修会、 市町村保健福祉指導職員セミナー、 教員研修セミナーなどで概説した。

2 . 現代社会における小児の健全育成 (谷村、 林、 大熊)   1 ) 病児の育成環境、 QOL、 成育医療体制に関する研究  小児医療の不採算性の検証と改善を目的として、 平成 11 年より当院看護部と共同で、 日本小児総合医療施設協議会の協力を得て 3 小児病院7病棟 (患者計 207 名) の全看護師 (134 名) について 24 時間の他計式タイムスタディを行ってきた。 今年は、 この結果を成人看護業務調査結果と比較した。  患児 1 人当りの総看護時間は 5 時間 35 分で成人患者の 2.1 倍を要し、 それでもナースコール等による看護の中断や患児の危険な行動が頻繁に観察され、 時間と人手を要する小児看護の実態が明示された。 看護内容別に較べると、 各看護を要する患者が受けた看護時間の相違は看護内容によって異なるが、 各看護を要する患者の割合が小児の方が高い看護が全看護の 4 分の 3 を占めていた。 更に看護時間と患者属性との解析から、 総看護時間は 4 歳以上で移乗に介助を要する群で最も長く (平均 6 時間 35 分)、 次に 0 〜 3 歳児、 4 〜12 歳且つ移乗自立群と続き、 13 歳以上の移乗自立群では 3 時間 4 分で成人の看護時間 ( 2 時間 35 分) に近かった。 患者中の前者 2 群の割合は本調査病棟で 76%、 成人調査病棟で 32%で、 厚生労働省による患者調査でも小児病棟の 72%、 成人病棟の 39%であり、 本調査対象の病棟のみならず全国の小児病棟においても多くの看護を要する患者の割合が高いことが判明した。 小児医療の存続の為には実態に即した診療点数の評価が必要である (医学のあゆみ、 2003)。   2 ) 小児を取り巻く環境の健康・発達に及ぼす影響と対策   @ 乳児の MOUTHING を介した環境物質摂取の健康影響と対策  塩化ビニル製品の可塑剤のフタル酸エステルが内分泌かく乱物質の疑いがあるため、 厚生労働省の要請を受け、 乳児の MOUTHING の実態把握を目的として乳児 60 名の横断及び 2 名の縦断調査を行い、 家庭での子どもの自然状態を150 分ずつビデオ記録し秒単位で解析した。 一日の平均 MOUTHING 時間は 105 分、 おしゃぶりを除くと 74 分で、 発達に伴って MOUTHING 時間、 持続時間、 方法、 対象物、 嗜好等が変化することが示され、 乳幼児の MOUTHING を介した摂取量は許容量を越える可能性が推定された。 この結果を基に平成 14 年 6 月に玩具の企画基準の改正が決定された。 MOUTHING は自発的に始め自然に消失する乳児の行動特性で、 月齢に伴う変化は乳児の感覚器・運動発達を反映しているので、 心理学の専門家と共同研究を継続している。 (チャイルドヘルス、 2003)。   A 乳幼児へのテレビ視聴の影響並びに養育環境の変容の把握  行動観察から 0 〜 1 歳児はテレビを見ながら親に共感を求めたり質問すること、 また、 15 年前の集団調査では殆どの親が一緒に見たり歌ったり質問に応えていたことから、 殆どの家庭では乳幼児の言語・社会性の発達への影響は無いと考えてきた。 しかし、 最近、 小児科医や発達相談関係者から、 言語発達や社会性の遅れで受診する幼児にテレビ長時間視聴児でテレビ視聴を止めると言葉が出てくる一群があることが相次いで指摘されている。 このため、 日本小児科学会・子どもの生活環境改善委員会で、 15 年前の調査対象地域を含む3地域においてほぼ同一の調査票で、 1 歳 6 ヶ月健診児を対象として調査した。  その結果、 テレビ視聴時間は親にも子どもにも長時間と短時間の 2 極化傾向がみられた。 視聴時間と発達との関係では、 いずれの地域でも 4 時間以上の長時間視聴児で有意語がまだ出現していない児の割合が高かった。 子どもの近くのテレビが 8 時間以上ついている家庭 (長時間視聴家庭) の長時間視聴児の有意語出現の遅れの率は短時間視聴家庭の短時間視聴児の 2.1 倍であった。  視聴時に親の関わりが少ない長時間視聴児では有意語出現が遅れる率が顕著に高く, そうでない児の 2.7 倍に達しており、 有意語の他, 言語理解, 社会性, 運動能力にも遅れ傾向がみられた。  長時間視聴児は視聴時に親が説明するなどの関わりがあっても, 視聴時に指さして質問するなどの親への働きかけは減少しないが有意語の遅れの率は高かった。 テレビ視聴時の親子の行動解析より、 例え親子で一緒に見ていても親の話しかけや親子が向き合って長く会話することは少なく、 テレビの同時視聴は情緒的コミュニケーションを促すが会話は減少するので長時間に及ぶと言語発達の遅れを招き易いことが示唆された。 テレビ長時間視聴と言語発達の遅れとの関連性のみならず因果関係があると考えられる。  更に、 長時間視聴児の有意語の遅れは絵本の読み聞かせをする家庭では影響が少ないが、 読み聞かせをしない家庭では 4.3 倍と高率で、 日常も言語的関わりの少ない家庭では長時間視聴の影響が大きいことが示された。 核家族化、 生活の IT 化などにより家庭においても会話が減少傾向にある今日、 テレビ長時間視聴の影響が増大する怖れがあると考えられるため、 委員会として長時間視聴、 一人視聴、 つけっぱなしを避けるよう提言することを決めた。  その他、 日本小児科学会の子どもの生活環境改善委員会委員として、 受動喫煙対策、 家庭での運動遊びの重要性について検討し、 提言した (日児誌、 2003)。 子どもを取り巻く養育環境は物理的にも家庭・社会的にも急速に変化しており、 集団調査、 行動観察に加えて脳科学の手法を取り入れて発達への影響を解明し、 改善策を提言していきたい。   3 ) コミュニケーション発達と親子関係形成の基礎的研究  乳児期の養育行動と児の愛着行動や対人関係・発達との関係を調べるため、 4 か月、 1 歳、 3 歳、 4 歳半時の親子の行動観察と養育意識に関する縦断研究を行っている。  育児の伝承の消失と少子化の進行に伴って親子・対人関係形成の問題の増大が予想されるため、 社会の中の子ども・家庭の生態と発達生物学を踏まえて、 精神面の疾患、 発達、 病児の精神発達・家族の精神衛生等について解明し、 予防、 治療、 核家族・少子時代に即した病児の QOL、 家庭支援に役立てたい。

[成育疫学研究室] 【研究の概要】  小児期を中心に、 主に疫学的手法を用いて疾病の発症機転、 病態を解明し、 その予防、 治療に役立てている。 今年度も研究センター内外の研究者との共同研究の成果が増え、 研究発表がされた。 小児医療領域の疫学研究者が少ない日本の現状下、 室長としては、 独自の研究を進めるとともに臨床医との共同研究を通じて日本の臨床疫学研究レベルを国際水準に引き上げることが、 英米で疫学を専攻した者に与えられた使命と銘じて研究している。 今年は研究補助員として土屋雅子、 豊田美穂子、 中妻結が事務処理、 調査、 各種調査データの管理と整理を担当し研究を支えた。  当研究室を紹介するホームページのファイルを 10 月に完成させた。 当研究所のホームページに掲載するよう働きかけているが、 部全体のものがなく、 その作成の予定もなく準備も進められていないので掲載は見送られている。 そのため独自のサーバでホームページを立ち上げる予定としている、

1 . 小児がん・難病・慢性疾患の疫学   1 ) 小児白血病の治療効果判定と予後因子の解明  関東を中心に 40 主要小児医療施設 (大学・小児病院等) による小児急性リンパ性白血病の無作為割付 (Randomiza-tion) を含むクリニカルトライアルでの登録、 割付、 予後追跡調査、 データ解析を過去 10 年担当した。 10 次プロトコール (1981−83) 189 人、 11 次 (1984−88) 484 人、 12 次 (1989−92) 418 人、 13 次 (1992−95) 347 人、 14 次 597 人の予後追跡調査および解析から以下の知見を得た。 小児急性リンパ性白血病 (ALL) における、 デキサメタゾン (DEXA) とプレドニゾロン (PRED) との 2 薬の有用性に関しての研究を行った。 対象期間は 1995 年 3 月から 1999 年 3 月までで、 standard risk 群 (SR) 患者 231 人 (PRED : 114 人、 DEXA : 117 人)、 intermediate risk 群 (IR) 128 人 (PRED : 66 人、 DEXA : 62 人) を無作為割り付けした。 SR 群での 8 年生存率は、 DEXA が 81.1±3.9%で PRED では 84.4±5.2%で、 IR 群での 8 年生存率は、 DEXA が 84.9±4.6%で PRED では 80.4±5.1%で有意差は見られなかった。 また PRED 群に比べて DEXA 群での中枢神経再発減少はほとんど減少せず、 骨髄再発の減少も見られなかった。 血液・脳関門を通過しやすい DEXA が PRED より治療効果が優れているとは言えなかった。 (The 45th Annual Meeting of American Society of Hematology)  小児を対象とした新薬開発の治験や、 新たな治療法の開発のための臨床試験は成人領域に比べて極めて低調であり、 約 40 の主要小児医療施設が参加する日本では最大規模の東京小児がん研究グループの多施設臨床試験の登録事務局ならびに解析担当者としての 10 年以上の経験から、 小児臨床試験の抱える問題点を明らかにし、 その解決策と今後の展望について提言した。 1981 年開始の第 10 次プロトコールから 1995 年からの 14 次に至る臨床試験を通じて寛解維持生存率に改善がみられ、 それなりの成果はあった。 しかし、 問題点もあり、 小児悪性腫瘍では最も多い白血病だが、 成人に比べて年間の対象数の少なさと、 数年単位の治療の進歩のなかで、 統計的に有意となる数を確保すべく試験を数年以上続ける訳にはいかないジレンマが大きかった。 経費、 人材、 組織力などのインフラ不足が深刻で、 多忙な小児科医の臨床試験に対する理解と経験、 遂行姿勢に欧米との差があった。 今後の課題として、 日本全国のみならず世界との共同研究、 治療施設の厳選と患者の集約、 研究費の確保と人材成に対する戦略の構築、 外部委員を入れた倫理面を含むプロトコールの審査、 医学部学生や研修医への教育などが緊急かつ重要なものと思われた。 (第 13 回日本疫学会シンポジウム)  小児科領域の臨床試験への本格的な取り組みが始まり、 そのあり方、 特に事務局やデータセンターの役割と運営についての啓蒙を行った。 (東京小児がん研究グループ、 キリンビール国際シンポジウム)  厚生労働省 「小児造血器腫瘍の標準的治療法の確立に関する研究」 の研究班員として、 小児フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病に対する imatinib mesylate 第 II 相臨床試験のプロトコール作成に携わった。 日本小児血液学会の倫理審査委員会へ申請中で 2004 年中に開始する予定となっている。  これらの研究成果は今後の白血病治療と成績向上へ生かされるものである。 また、 治験を含む小児医療領域での臨床試験は欧米にかなり遅れをとっており、 今後の発展が望まれている。 日本での多施設臨床試験の先駆けとして、 蓄積された経験やノウハウがその際に参考になると思われる。   2 ) 生活習慣病家族歴の定量的評価法の開発  小児期からの生活習慣病予防においては最大のリスク要因である家族歴評価がされるが、 これまで、 その多くは家族の性、 年齢を十分考慮せず正しい評価ではないことを示し、 家族の年齢を考慮した定量的評価法を考案し、 その利用価値を示してきた。 さらに研究を進め、 家族の性別という定性的な要因を定量評価できる方法を新たに開発した。  虚血性心疾患では性差のオッズ比は 1.61、 年齢差のオッズ比は 1.07 で性差、 年齢差とも全年齢層にて有意であったが、 70 歳未満で双方とも大きく、 そのリスク因子としての家族歴評価では性・年齢を考慮すべきであることが示された。 遺伝の役割が無視できない当疾患では正しい評価が必要だが、 家族歴陽性者が女性家族である場合にはより大きなリスク要因として評価すべきであることを初めて明確に指摘した (J Epidemiol 印刷中)。  これらの成果は家族の性・年齢を考慮した評価によるより正確な小児のリスク評価のみならず、 これらの疾患において遺伝の果たす役割の研究、 生活習慣病の予防活動上でも貢献することが考えられる。 また、 この考え方、 方法論は他の多因子遺伝疾患への適用も可能である。   3 ) 成長ホルモン治療の安全性評価  成長科学協会アドバースイベント委員として、 成長ホルモン投与治療患者の副障害を検討した。 患者からの同意を得た上で、 成長ホルモンの販売をしている製薬会社から基礎疾患、 成長ホルモン投与量、 合併症、 併用薬、 有害事象、 臨床検査値等のデータの提供を受け、 副障害の有無や頻度の解析を行った。  GH deficiency (GHD) に対する GH 治療再審査のために収拾されたデータを使用し、 GOT、 GPT、 LDH、 γGTP、 ALP、 BUN、 Cr、 TC、 Na、 K、 Cl、 Ca、 P、 WBC、 RBC、 Hb、 Ht、 Plt、 HbAlc、 T3、 T4、 TSH について検討した。 対象は、 GH 治療を受けている GHD 再審査者 (10,115 名) で、 GH 治療開始時、 治療開始後 3、 6、 9、 12ヶ月目のデータの揃った者とした。 0 ヶ月時と比較し、 GOT、 GPT、 ALP、 BUN、 TC、 P、 T3 では有意差が認められた。 GOT、 GPT、 ALP、 P の増加は、 これまでの報告と同様である。 ALP、 P の増加は GH の (骨) 成長促進作用、 BUN の低下は GH の同化作用、 TC の低下は GH の脂肪分解作用によるものと推察される。 甲状腺機能では T3 が有意に増加していた。 (第 37 回日本小児内分泌学会、 2003)  GH 分泌不全性低身長症 (GHD) GH 治療再審査のために収拾されたデータを使用し有害事象 (AE) に関して解析を行った。 新規 GH 治療例 5,551 例中、 18 歳未満・週 2 回以上注射の 5,463 例 (男 3,693 例、 女 1,770 例) を対象とした。 内訳は特発性 5,022 例 (91.9%)、 続発性 240 例 (4.4%、 この中で脳腫瘍 134 例)、 分類不能 201 例 (3.7%) であった。 GH 開始年齢 9.8±3.4 歳、 平均観察期間 2.4±1.6 年、 延べ観察期間 13,225 人年であった。 AE 頻度 (件/1,000 人年) は全体で 31.8、 続発性 (42.2) が特発性 (31.8) より高く、 治療 1 年目 (44.3) は 2 年目以降 (23.9) より高かった。 高頻度の AE は、 AST 上昇、 ALT 上昇、 CK 上昇、 好酸球増多、 顕微鏡的血尿、 グリコヘモグロビン上昇、 AlP 上昇、 蛋白尿であった。 (第 37 回日本小児内分泌学会) 4 ) 成長ホルモン治療と脳腫瘍再発の関連  成長科学協会の共同研究として、 成長ホルモン分泌不全症に対する成長ホルモン治療が脳腫瘍の再発を促すかを明らかにするため疫学調査を行った。 Cox 比例ハザード解析の時間依存性共変量モデルを用いて検討した。 腫瘍残存および発症年齢のみが有意な予後因子となり、 成長ホルモン投与のリスク比は有意ではなかった (p>0.05)。 以上のことから、 脳腫瘍の再発を危惧して成長ホルモン投与を控える必要がないことを示す結果となった。 専門雑誌への投稿の準備を進めている。  以上の結果は、 成長科学協会を通じて成長ホルモン使用による治療に関わっている全国の医師へ通知し、 啓蒙に努めた。 5 ) 成長ホルモン測定値の標準化  低身長小児に対する成長ホルモン投与の可否判断に際して血中の成長ホルモンを測定するが、 各種検査法間の測定値には大きな違いがある。 したがって、 成長ホルモン測定に汎用される 6 種類のキットによる測定法を補正した標準値が必要である。 そこで毎年、 従来用いられていた線形回帰法 (Linear Regression) では理論上問題があるので、 横軸、 縦軸双方に測定誤差がある場合に用いるべき線形関係式 (Linear Structural Equation) によって各測定法に対する補正式を作成した。 また、 これらの 6 種類のキットによって測定された測定値の違いが測定法開発時に用いる WHO からの基準品の濃度の違いによると思われることを指摘し、 その解決策に言及した。 成長科学協会の投与可否判断、 厚生省の治療基準作成にこの補正式が用いられ測定値の標準化を計った。   6 ) 時系列解析による成長ホルモン分泌機序の解明  成育医療センター内分泌代謝科との共同研究として、 成長ホルモン分泌機序を探るため、 小児患者 3 名について各種ホルモンを 20 分毎に 24 時間測定し、 時系列解析の一つである ARIMA (Autoregressive Integrated Mean Average) モデルを用いて、 どのホルモンとどのホルモンがどの程度の時間差をもってどの程度のどのような相関があるかを Box-Jenkins 法に従い検討した。  Insulin と IGFBP-1 では 2 症例では約 90 分遅れで、 1 症例では 260 分遅れで有意な負の相関を認めた。 すなわちこの時間間隔で血中 Insulin 値が上がれば IGFBP-1 は下がり、 Insulin 値が下がればこの時間後に IGFBP-1 が上がるという結果であった。 IGFBP-1 と Free IGF-I との関係では、 1 例ではほぼ同時に、 1 例では 140 分後に、 残り 1 例では 240 分後に負の有意な相関を認めた。 いずれも内分泌系の疾患を有する小児患者が対象だったので、 時間間隔が一致しなかったのは通常の生理的状態でないことによることも考えられる。 症例数を増やしさらに検討を深めることにしている。   7 ) 国立成育医療センター小児悪性腫瘍患者登録と予後の解析  厚生省がん克服戦略研究 「小児がんの遺伝的・発生生物学的要因の解明と診断への応用」 研究班の研究協力者として、 国立小児病院小児悪性腫瘍患者登録と予後の調査を継続実施した。 これまで当院開院以来 30 年余の悪性腫瘍患者 1,076 名の疾病分類別の生存率の年次推移を検討してきたが、 国立成育医療センター発足後も症例の追加登録と予後調査を行っていく予定である。 今年度は Germ cell tumor の予後解析を検討した。 今後、 保存細胞を利用した発生生物学的要因と予後との関係の解明も目指している。   8 ) 未熟児網膜症の発生要因探索  東京都立墨東病院周産期センターとの共同研究として、 未熟児網膜症の発症要因と予防対策の研究を行った。 過去に都立病院で出生した出生体重 1,000 g 未満の超低出生体重児 2,777 名について未熟児網膜症の治療に至る網膜病変の有無への寄与因子を検討した。  超低出生体重児における未熟児網膜症 (ROP) の現状と MAP 輸血との関連を検討した。 対象は平成 14 年 4 月から 10 月に都内 10 施設の NICU 入院となった超低出生体重児 87 例で、 死亡・途中転院例を除いた 79 例の平均在胎週数 26週 5 日、 平均出生体重 776.1 g 、 ROP に対するレーザー治療は 34 例 (43%) であった。 MAP 輸血はレーザー非施行群45 例中 19 例 (42%)、 施行群 34 例中 18 例 (53%) に行われたが有意差を認めなかった (p=0.344)。 総輸血回数とレーザー治療の有無との関連はなかった。 また、 総輸血量とレーザー治療の有無、 輸血時期とレーザー治療の有無との関連も認められなかった。 (論文投稿中)  未熟児網膜症発症と輸液との関連を検討した。 対象は平成 14 年 4 月から 10 月に都内 10 施設の NICU 入院となった超低出生体重児 87 例で、 生後 1 週目、 3 週目、 7 週目の水分投与量と体重増加率とを調べ、 レーザー治療の有無との関連を検討した。 死亡・途中転院例を除いた 79 例の平均在胎週数 26 週 5 日、 平均出生体重 776.1 g 、 ROP に対するレーザー治療は 34 例 (43%) であった。 1 週目、 3 週目、 7 週目のそれぞれの水分投与量とレーザー治療の有無との関連は認められなかった。 また、 体重増加率とレーザー治療の有無との関係においても関連は認められなかった。 (論文投稿中)

2 . 健康・保健・社会医学に関する研究   1 ) 小児期からの健康的なライフスタイル形成と生活習慣病予防  厚生科学研究 「小児の栄養・運動・休養から見た健康度指標と QOL に関する研究」 班の研究協力者として、 富山医科薬科大学保健医学教室と共同で、 小児期からの健康的なライフスタイル形成をいかに進めていくのがよいかの検討を行ってきた。 富山県で 1 年間に出生した 10,177 人全員のコホート研究の追跡である。 その成果を論文としてまとめつつある。 また、 調査対象は思春期にさしかかっており、 新たな視点のもと追跡調査の計画を進めている。

  2 ) アフリカ発展途上国の母子保健  国立国際医療センター疫学統計部との共同研究として、 エイズが蔓延するアフリカでは未だに感染者が少ないマダガスカルにおいて、 母子保健指標と社会的背景因子との関連を調査研究した。 人口約 23 万人のマハジャンガ地区の医療保健施設を受診した 977 人のアンケート調査から、 今回は避妊法としてのコンドーム使用に焦点を当て解析した。 ロジスティック解析の結果、 既婚女性によるコンドーム使用と有意に関連があったのは、 子どもの死亡の有無、 自身の収入の有無であった。 受けた教育レベルは有意とはならなかった。 これまで女性の教育に重きがおかれたが、 自身に収入があることがコンドーム使用に大きな影響を持つことが明らかとなり、 コンドーム使用によるエイズ予防対策にも重要な示唆が得られた。 (Tropical Medicine and Health)  この研究結果はエイズ予防活動への新たな視点の一つと方法論への示唆を与えた。

3 . 遺伝疫学研究   1 ) 妊娠、 出産、 新生児期、 発育、 発達への遺伝関与の疫学的解析  妊娠中の生活習慣や異常、 出産や出生時の医学的要因、 新生児期の養育や疾患、 乳幼児期の養育・発育・発達は、 その子の将来の発育、 発達、 疾病に対して大きな影響をもつ。 それらに遺伝が関与しているのか、 していればどの程度であるかを明らかにするのが本研究の目的である。 長い歴史を持つ都内の産科と小児科を中心とする 2 つの病院の医療記録を利用し、 日本特有の里帰り出産に注目することによって、 同一人の出生と成人後の出産の医療記録の効率的な把握が可能であった。  昭和 33 年から昭和 43 年に出生した女児 3,032 名の名と生年月日、 および昭和 33 年出生者が 20 歳に達する昭和 53 年から平成 9 年までの出産者 5,087 名の名と生年月日をコンピュータに入力、 リンクさせ、 両者が一致し同院で出生し、 成人後同院で出産したと考えられる 300 名を把握した。  まず発育について検討した。 出生が第1子である 239 人を対象とした。 母児ともに在胎が 38 週から 41 週のペアは 230組で、 さらに出生時の体格データが揃っていたのは 172 組であった。 出生時には頭囲の相関が最も高く、 身長が最も低かった。 身長の相関は有意ではなかった。 出生時に比べて月齢 3 ヶ月以降では相関が大きくなる傾向を示しているが、 頭囲での 1 歳 6 ヶ月、 胸囲での 6 ヶ月、 カウプ指数の 2 歳は相関が低くなっていて、 有意な相関ではないが、 それ以外は有意であった。 1 歳以降では、 1 歳 6 ヶ月の頭囲を除き、 いずれの計測値も出生時より相関が高くなっている。 2 歳以降の相関はおおむね 0.3〜0.5 と低くない。 概して乳児期より幼児期の方が相関が高い傾向にあるが、 カウプ指数は乳児期と幼児期でほぼ変わらないといえる。 発育には男女差もあるので、 母と女子間の計測値との相関をみたところ、 例数の極めて少ない 3 歳を除いて相関係数はかなり大きくなった。 特に身長、 体重、 頭囲、 胸囲で顕著であった。  次に、 母児間の発達項目について相関をみた。 お座りで有意な関連が見られた (p<0.05)。 乳児期にお座りが早かった母からの子はお座りが早く、 遅かった子は遅いという結果であった。 オッズ比は 2.7 となった。 首のすわり、 一人歩き、 意味のある発語、 二語文では有意ではなかった。 90 パーセンタイルで 2 分した結果でもお座りは有意に近かったが、 遅い人数は当然少なく有意とはならなかった。 その他の指標でも有意でなかった (第 14 回日本疫学会)。  この貴重なデータを利用した新たな研究を企画している。

4 . 環境要因の健康影響   1 ) 生活環境中の電磁界の小児への健康影響評価   文部科学省生活社会基盤研究 「生活環境中電磁界による小児の健康リスク評価に関する研究」 の研究が終了し、 その成果をとりまとめた。  当研究は症例対照研究であるが、 白血病では、 症例は 15 歳以下の白血病患児で、 日本全国 5 つの小児白血病研究グループに 1999 年から 2001 年の 2 年 3 ヶ月登録された 1,161 名のうち、 791 名に対して主治医から家族に協力依頼が行われた。 解析対象は承諾が得られ、 調査対象地域以外の症例やその後の転居やキャンセル、 測定不調などを除いた 312 名である。 急性リンパ性白血病 251 例、 急性骨髄性白血病61例であった。 対照は、 調査地域の住民票から無作為に抽出し、 性、 年齢をマッチさせた 10 名に対して協力依頼をして承諾が得られた症例 1 に対して 2 から 3 人である。 症例同様の除外例を除き、 最終的に解析されたのは 603 例となった。  脳腫瘍では 15 歳未満の脳腫瘍患者で、 この研究のために組織した全国ネットワークに登録された 166 名の患者と、 性、 年齢、 居住地をマッチした 692 名の一般住民対照児である。 このうち承諾が得られ 1 週間の電磁界測定が実施できた症例 55 名と 100 名の対照について解析が行われた。  調査は面接調査と環境測定を行った。 面接調査では居住歴、 患者の既往歴や予防接種歴、 電気製品の使用状況、 殺虫剤使用状況など、 これまでに白血病発生の危険因子とされたことのある項目を網羅した。  環境調査では、 家屋周辺と家屋内数カ所の電磁界測定、 さらに患児寝室での 40−1,000 ヘルツの電磁界の 1 週間連続測定を行ってその平均値に相当する値を算出した。 電磁界測定では季節変動を制御するため測定日を症例と対照間でマッチさせた。 加えて送電線からの距離、 ラドン、 大気中のベンゼンなども測定した。  交絡因子となる要因を変数に加え、 1 週間の電磁界強度は 0.4μT (マイクロテスラ) を高曝露群としてマッチ対象の解析に用いる条件付多重ロジスティック解析を行い、 0.4μT 以上の高曝露群では白血病の患者が何倍多いかを示すオッズ比を算出した。 1 週間の磁界レベルの算術平均が 0.4μT 以上であったのは症例 6 例、 対照 3 例で、 0.1μT 未満群に対する 0.4μT 以上のオッズ比は 2.63 で 95%信頼区間は 0.77−8.96 であった。 対象を急性リンパ性白血病に限定した解析結果では 0.4μT 以上のオッズ比は 4.73 (95%信頼区間 : 1.14−19.7) で有意であった。 交絡因子となり得る要因を投入した多変量ロジスティック解析では、 面接調査あるいは環境測定したいずれの因子も有意な独立因子とはならず、 白血病リスク値への影響はほとんどなかった。  脳腫瘍では 0.4μT 以上を示したのは症例 3 例、 対照 1 例で、 オッズ比は 10.6 (95%信頼区間 : 1.00−111) であった。 (第 10 回日本がん予防学会・第 26 日本疫学研究会合同研究会、 国際シンポジウム、 WHO Working Group Meeting、 小児科、 篠原出版新社発行著書) WHO を含む国際的要請に応えた当研究結果は、 WHO の最終勧告でも考慮されることになる。  この問題に対する社会の関心は大きく、 日本でも一定の結論を得ることができた意義は大きい。 今後の対策へ向けての大きな根拠と指針を与えることになる。

5 . 心身医学に関する研究   1 ) 慢性疾患をもつ小児のこころのケア  成育医療研究委託費の分担研究者として、 慢性疾患をもつ小児のこころのケアに関するマニュアル作成を最終目的とする研究に着手した。 まず、 代表的な慢性疾患をもつ小児とその家族がどのような問題を抱え、 どのような援助が必要なのかアンケート調査を行った。 このデータの解析を行い、 その結果に基づき、 さらに仮説検証型の疫学研究を実施し、 最終的には小児医療に携わる多くの人に役立つマニュアルを作成する。 この研究に生かし、 さらには広く保健分野の研究調査に役立つよう面接調査マニュアルを作成している。   2 ) 吃音の発症要因、 遺伝、 自然史、 治療  吃音の原因究明、 自然史の把握、 病型分類、 治療確立を目指して、 成育歴、 日常・学校生活の面接調査、 脳波検査、 発声解析等を実施している。 これらに家族歴を加えてその遺伝疫学的解析から、 吃音の遺伝形式を推定する研究を始め、 その調査を完了した。 解析プログラム作成など解析の準備をしている。

6 . その他  北里大学医療衛生学部衛生技術学科産業衛生学専攻の学生を 1 名受け入れ、 卒業論文研究指導を 5 月から 3 月までおこなった。 研究計画立案、 データ収集法、 コンピュータによる統計解析、 論文作成などを指導した。

生殖医療研究部

 当研究部では、 各研究室が連携し以下の研究プロジェクトを進行している。 1 ) マウス間葉系幹細胞の心筋組織への分化と細胞移植 2 ) 間葉系幹細胞の分離と神経外胚葉への新たな分化プロトコールの開発 3 ) 臍帯血由来間葉系細胞の単離技術の開発とその多分化能の同定 4 ) 骨芽細胞 KUSA-A1 の骨形成に関する分子機構の解明と骨形成における足場の開発 5 ) 体性幹細胞の規格設定 6 ) 骨形成異常を引き起こす変異マウスの解析とヒト疾患との関連 7 ) 受精の膜融合を制御する分子メカニズムの解明と不妊治療への応用 8 ) 母体血中の胎児血を用いた非侵襲出生前診断についての基礎研究   [研究目的]  当研究部では、 受精からヒトとして成長する過程で生じる疾患の成立機序の解明とその予防、 診断・治療法の開発をめざして研究を行っている。 具体的には、 受精から初期発生にいたる分子メカニズムの解明と新しい生殖補助技術の開発、 再生医療への応用を目的とした体細胞由来の間葉系細胞の研究、 生殖細胞機能に関する研究、 さらに母体血中の胎児血を用いた非侵襲的出生前診断のための基礎研究を中心として研究を展開している。 本来の組織において分裂することのない細胞が組織障害に伴って細胞分裂が生じるようになる再生現象と同様に、 細胞をヒトに移植することで本来の臓器の機能を補充する。 臓器の機能を回復するための細胞移植・再生医療研究を軸に、 これらの基盤的研究をさらに高いレベルに進展させることにより、 生殖医療ならびに再生医療に貢献する。

[研究成果] 1 . マウス間葉系幹細胞の心筋組織への分化と細胞移植   1 ) これまでの研究成果  本研究は、 骨髄由来の間質細胞中に含まれる間葉系細胞を用いることにより再生心筋細胞を作製し、 心筋細胞移植のドナー細胞を開発することを目的としている。 骨髄間葉系幹細胞から心筋細胞への分化誘導法の開発、 再生心筋細胞の遺伝子発現、 心筋細胞に分化した細胞が発現するイオンチャネルを解析し、 心筋分化に伴ってこれらのチャネルが経時変化することを明らかにした。 また、 GFP あるいは LacZ トランスジェニックマウスの骨髄細胞を SCID マウスに骨髄移植すると、 心筋梗塞時に骨髄より移動し、 一部が心筋細胞に分化することを明らかにした。   2 ) 当該年度の研究成果  TERT、 E6、 E7、 および Bmi-1 を遺伝子導入することにより寿命を延長したヒト骨髄間葉系幹細胞を用いて in vitro と in vivo において心筋に分化するかどうかを検討した。 ヒト骨髄間葉系細胞を限外希釈法でサブクローニングをして得られた細胞に、 レトロウィルスを用いて TERT、 E6、 E7、 および Bmi を遺伝子導入した。 得られたヒト寿命延長骨髄間葉系幹細胞を GFP で標識し、 マウス胎児心筋細胞と共培養することで心筋へ分化させ、 さらに免疫組織化学を用いて抗心筋トロポニン抗体で評価した。 また、 免疫不全マウスの心筋にヒト寿命延長骨髄間葉系幹細胞を注射し、 心筋への分化を免疫組織化学により評価した。 in vitro で GFP 陽性細胞は 2 日後に筋管細胞様に延長し、 7 日後には拍動する細胞を認めた。 免疫組織化学では抗心筋トロポニン抗体陽性であった。 また、 in vivo においても抗心筋トロポニン抗体と抗β2 ミクログロブリン抗体陽性の移植細胞が認められた。 以上のことより、 寿命延長したヒト骨髄間葉系幹細胞は心筋に分化し得ると結論づけられる。  心筋細胞への分化を示す、 寿命を延長させたヒト骨髄間質細胞は、 マウス骨髄間質細胞の細胞表面マーカーとは、 多くの点で差異を認めた。 マウス骨髄間質細胞における未分化能を示す指標として CD34、 CD117 が挙げられる。 しかし、 ヒト間質細胞においてはいずれも陰性となりこれらは有効な指標となりえなかった。 ヒト骨髄間質細胞においては CD34-、 CD90+、 CD105+、 CD117- の細胞群は、 少なくとも心筋分化能を有する細胞であると考えられる。 寿命延長したヒト骨髄間葉系幹細胞は心筋に分化し得ることが以上のことより明らかとなった。

2 . 間葉系幹細胞の分離と神経外胚葉への新たな分化プロトコールの開発   1 ) これまでの研究成果  本研究では、 自家細胞を含めた細胞レベルで臓器の機能を補填する細胞移植を目指している。 種々の増殖因子を用いて細胞培養を行った結果、 マウス骨髄間質細胞は軟骨細胞、 神経細胞、 骨細胞、 脂肪細胞などに分化した。   2 ) 当該年度の研究成果  多分化能を有している細胞を分化させた場合、 目的の細胞に分化させる技術が必要となり、 神経外胚葉系への新規プロトコールを開発することに成功した。 間葉系幹細胞から神経細胞への分化は、 NGF/NT3/BDNF といった液性因子とマトリックスを用いて行う。 初期誘導には noggin を用い、 神経系へのコミットメントが始まると間質細胞が接着できていた培養皿のコーティングでは接着できずに浮遊してくる。 浮遊した細胞を fibronectin/ornithine コーティングした培養皿に移行する。 このように、 マトリックスを用いた選択の良い点は、 標的細胞が付着する場合でも付着しない場合でも選択が可能であり、 その選択が容易であり特異的である。 Noggin は誘導として働くが、 分化し浮遊した細胞を集めてくる作業は選択である。 Noggin は BMP 阻害として働き、 ニューロンへの分化を引き起こすと同時に骨等の中胚葉経細胞へのコミットメントを防いでいる。

3 . 臍帯血由来間葉系細胞の単離技術の開発とその多分化能の同定   1 ) これまでの研究成果  なし   2 ) 当該年度の研究成果  本研究では、 臍帯血由来の間葉系細胞で臓器の機能を補填する細胞移植についての検討を、 移植・外科研究部との共同研究で行っている。 正常分娩後の新鮮な臍帯血を入手し、 血球成分を除去した後に細胞培養を行った結果、 臍帯血由来の間葉系細胞が増殖することが明らかになった。 これらの細胞を用いて、 骨髄間質細胞と同様の検討を加え、 新たな細胞供給源としての可能性を模索している。

4 . 骨芽細胞 KUSA-A1 による骨形成の分子機構の解明   1 ) これまでの研究成果  骨粗鬆症に代表される問題は、 閉経後婦人、 寝たきり (手術後を含む)、 老化、 宇宙医学 (無重力状態)、 ダイエットと多岐にわたり、 その意義は、 時代とともに増大している。 骨粗鬆症を克服するために、 骨組織の補強を誘導できる蛋白性因子の発見に力が注がれている。 しかし、 蛋白性因子は代謝されやすく、 経口投与できない。 そこで、 代謝されにくく、 作用が長期間持続する低分子化合物の発見および開発が世界的に進められている。 本研究では、 まず、 骨芽細胞ないしは骨細胞に相当する骨髄間質細胞を単離することができた。 通常は、 繊維芽細胞の形態をとり増殖するが、 誘導によって骨細胞としての特徴的な構造が明瞭となり、 生体内で骨を形成する。 KUSA-A1 細胞は、 従来報告されてきた骨芽細胞とは全く異なり、 成熟した骨芽細胞の特徴を極めて顕著に示した。   2 ) 当該年度の研究成果  骨再生には細胞の足場 (担体 : Scaffold) が用いられるが、 特に硬組織においては再生組織の成形成、 形状の維持が必須となるため、 その重要性は高い。 骨再生の坦体としては従来よりハイドロキシアパタイトや三リン酸カルシウムなどの無機材料が使われているが、 細胞接着性、 形状の制御、 生体親和性の観点から生分解性高分子が選択肢のひとつとなる。 高分子担体には天然高分子と合成高分子のふたつが存在する。 天然であるコラーゲンは細胞保持性に優れているものの、 形状の維持が困難である。 そのため強度に優れた合成高分子の研究が進んできたが、 疎水性であるが故に細胞接着性に乏しいという欠点が存在する。 両者の問題点を解決するため、 合成高分子にて作製したスポンジ形状をした培養担体にコラーゲンを複合化することで初期強度に優れ、 かつ細胞接着性に優れたコラーゲン複合化合成高分子シートを作製した。 本シートは細胞接着性、 形状維持に優れ、 自在な形状の骨を生体内にて作製可能であり、 骨再生のための有用な培養担体であると考えられ、 骨髄間質細胞由来骨芽細胞を用い、 新規複合化シートの形状制御を要する骨再生への有用性を明らかにすることに成功した。

5 . 体性幹細胞の規格設定の研究   1 ) これまでの研究成果  なし   2 ) 当該年度の研究成果  間葉系細胞は、 ドナーの性質に影響されるため、 現在に至るまでその定義はまちまちである。 そのため、 臨床応用を考えた際に治療効果の判定が困難である。 本研究では、 細胞表面に発現しているタンパク受容体、 細胞表面の糖鎖などを用いて、 間葉系幹細胞の指標となるマーカーの同定を行っている。 細胞表面タンパク受容体は、 いくつかの抗体で間葉系幹細胞特異的な反応が見られた。 細胞表面糖鎖については、 新たにレクチンのファージ・ライブラリーを用いた間葉系幹細胞の新規の評価システムを開発中である。

6 . 骨形成異常を引き起こす変異マウスの解析とヒト疾患との関連   1 ) これまでの研究成果  テトラスパニンは、 インテグリンなどの膜蛋白質と細胞膜上で複合体を形成し、 細胞増殖、 創傷治癒、 免疫、 止血、 癌転移などの様々な生命現象に関与していると考えられている膜蛋白質ファミリーである。 このファミリーに属する膜蛋白質は、 ヒトから線虫に至るまで多数クローニングされ、 哺乳類では、 少なくとも 20 種類以上の分子が存在することが明らかになってきた。   2 ) 当該年度の研究成果  このファミリーに属する CD9 と CD81 を欠損させたダブルノックアウトマウスを作製したところ、 骨形成異常を起こした。 この変異マウスの解析から、 同様の異常を示すヒト疾患を解明し、 疾患発症のメカニズムを解明する。

7 . 受精の膜融合を制御する分子メカニズムの解明と不妊治療への応用   1 ) これまでの研究成果  CD9 欠損マウスより排卵された卵を用いて体外授精を行ったところ、 CD9 欠損卵ではほとんど受精が起こらず、 多数の精子が透明帯と卵細胞膜のすき間に溜まった状態になることが観察された。 そこで、 透明帯を人為的に除去した CD9 欠損卵に精子を加えると、 精子は卵細胞膜には結合するが、 融合はきわめて稀にしか起こらなかった。 すなわち、 CD9 欠損卵では、 精子の透明帯への結合、 透明帯の通過、 卵細胞膜への結合は起こるが、 続いて起こるべき膜融合がほとんど観察されず、 その段階で精子が止まったままの状態になっていることが明らかになった。 抗 CD9 抗体によっても CD9 欠損卵とよく似た膜融合の異常が観察されたことから、 CD9 は卵細胞膜の表面で精子側の因子との相互作用に何らかの役割を担っており、 膜融合過程のいずれかのステップに必須であると考えられる。   2 ) 当該年度の研究成果  受精の膜融合過程での CD9 の機能を、 更に詳細に検討するため、 mRNA をマイクロインジェクションすることにより、 マウス未受精卵に外来性蛋白質を発現させる実験系を確立した。 そこで、 様々な変異体を使って膜融合の有無を検討したところ、 膜融合における CD9 の機能には C 末端にある 23 アミノ酸が必須であることが明らかとなった。 さらに、 CD9 の N 末端に EGFP を融合させた蛋白質を卵子特異的に発現するトランスジェニックマウスを作製し、 受精前後での CD9 の経時的な局在変化について調べたところ、 受精前後でのダイナミックな局在の変化が明らかになってきた。 現在、 CD9 を手がかりとして、 受精の膜融合を制御する分子メカニズムの全貌に迫ろうと奮闘している。 8 . 母体血中の胎児血を用いた非侵襲出生前診断についての基礎研究   1 ) これまでの研究成果  本研究は、 母体末梢血中に存在する胎児血球を用いた非侵襲的出生前診断を目的として行った。 そこで、 胎児血球からの DNA 抽出法について、 従来の方法を改良することにより、 簡便で効率のよい抽出法の検討を行った。 母体の末梢血中に出現する胎児由来の細胞を用いて出生前診断を行うことが最近のトピックスとして挙げられている。 これは非侵襲的な検査であり、 母体末梢血中に妊娠 8 週頃より出現する胎児赤芽球を利用する。 ただし、 胎児赤芽球が 108 個に 1 個という低頻度でしか出現しないことが問題であり、 如何に採取効率を上げるかが世界中で研究されている。 また、 末梢血中には胎児由来の DNA が溶出していることを利用して、 母体血清を使い PCR 法による DNA 増幅により、 男児の出生前診断は 100%可能になった。 この方法は、 伴性劣性遺伝病の性別診断や、 染色体異常や周産期疾患のスクリーニング法として利用できるものと期待されている。 身長決定遺伝子として X、 Y 染色体の短腕にある SHOXgene と Y 染色体の長腕近位端にある遺伝子が知られている。 高身長を示したターナー症候群の症例では、 マーカー遺伝子として SHOXgene がモザイクとして存在することが明らかとなった。 また、 Y 染色体の長腕に存在する遺伝子の方がより身長を高くする作用があり、 このため一般に男性の方が女性より身長が高くなるものと考えられる。 このほか身長には性ステロイド、 染色体の不均衡などが影響している。 癌の発生は常染色体劣性遺伝性に発生するが、 遺伝性腫瘍では片方の遺伝子に生まれつき異常があるため、 1 回の突然変異で腫瘍が発生する。 遺伝性腫瘍の原因遺伝子として最近多くの遺伝子が判明してきたが、 婦人科癌に関係するものとして遺伝性ポリポージス大腸直腸癌 (HNPCC) の遺伝子異常などが知られている。 従来から知られている方法としては、 妊婦末梢血中の NRBC (nucleated red blood cell) をギムサ染色後にマイクロマニピュレーターで拾うことによって胎児血球を集め、 この NRBC より抽出し DNA を用いて非侵襲的出生前診断を行う方法が行われてきた。   2 ) 当該年度の研究成果  この方法の問題点は、 形態的な特徴から胎児血球を集めているため、 母体由来の血球の混入が考えられることと、 マイクロマニピュレーターを用いる必要があるということである。 そこで、 われわれは、 胎児血球を表面抗原の特異性により、 FACS を用いてソーティングすることを考え、 特異抗原の同定と、 FACS の条件検討を進めている。 成育政策科学研究部

 成育政策科学研究部は、 行政施策に反映させる基礎資料を得るため、 主として以下 8 課題に関する研究を行った。

1 . 小児慢性特定疾患治療研究事業の登録・管理・評価に関する研究  小児慢性特定疾患治療研究事業 (以下、 小慢事業) は、 医療意見書を申請書に添付させ、 診断基準を明確にして小児慢性特定疾患 (以下、 小慢疾患) 対象者を選定する方式に、 平成 10 年度、 全国的に統一された。 その医療意見書の電子データには、 自動計算された患児の発病年月齢や診断時 (意見書記載時) の年月齢は含まれるが、 プライバシー保護のため、 患児の氏名や生年月日、 また医療機関名や意見書記載年月日等は自動的に削除されている。 また、 小慢事業として研究の資料にすることへの同意を患児 (保護者) から得ている。   1 ) 小児慢性特定疾患治療研究事業システムに関する研究  14 年度は、 一部の実施主体から疾患群毎の非同意者数の報告があり、 その割合は、 全体として 370/14257=2.6%であった。 非同意者に関しては、 十分に説明して理解と同意を得られるようにしたい。 その一つの方法として、 個人情報はすべて除いた上で研究班の一部の成果を当研究部のホームページに公表した。 今後は、 その充実とともに、 治療研究事業であることを説明するパンフレットを保健所等に常備する等の工夫も望まれる。  また依然、 コンピュータ入出力上、 一部に不手際が見られた。 その改善のためには、 主治医が完全な医療意見書を記入していることを実施主体が確認し、 正確なコンピュータの入力・出力を徹底することが望まれる。 誤入力や誤集計が少なくなるような、 また使いやすいソフト、 現在、 一般的に使用されているパソコン (Windows 2000、 ME、 XP 等) への対応版を全国の実施主体に配布したので、 その利用により今後は、 さらに改善されることが期待される。   2 ) 小児慢性特定疾患の登録・評価に関する研究  10〜14 年度小慢事業の全国的な登録状況を集計・解析した。 小慢疾患の疫学的、 縦断的解析を行い、 国や地方自治体、 そして小慢疾患を診療、 また研究する多くの医療関係者に、 その情報を提供することを目的とした。 実施主体である都道府県・指定都市・中核市から厚生労働省に、 平成 15 年 11 月中旬までに届いた電子データによる事業報告の内容を集計・解析し、 他の調査報告と比較した。 10 年度小慢事業は全国延べ 106,790 人、 11 年度は全国延べ 115,893 人、 12 年度は全国延べ 120,652 人、 13 年度は 9 割以上の実施主体から延べ 109,610人、 14 年度は約 7 割の実施主体から延べ 81,843 人、 合計延べ 534,788 人分の資料を解析した。  13 年度に日本全国で 1,000 人以上登録された小慢疾患は、 都道府県単独事業 (以下、 県単) も含めて多い順に、 成長ホルモン分泌不全性低身長症 11,753 人、 気管支喘息* 9,448 人、 白血病 6,288 人、 甲状腺機能低下症 5,366 人、 脳 (脊髄) 腫瘍 3,530 人、 1 型糖尿病 3,445 人、 ネフローゼ症候群* 3,093 人、 甲状腺機能亢進症 2,980 人、 川崎病* 2,623 人 (冠動脈瘤・拡張症・狭窄症を含めると 3,393 人)、 神経芽細胞腫 2,594 人、 血管性紫斑病 2,419 人、 慢性糸球体腎炎* 2,147 人、 思春期早発症 2,051 人、 若年性関節リウマチ 1,934 人、 先天性胆道閉鎖症 1,839 人、 心室中隔欠損症* 1,559 人、 悪性リンパ腫 1,328 人、 血友病 A 1,209 人、 慢性間質性腎炎* 1,127 人、 水腎症* 1,049 人、 ターナー症候群 1,046 人、 2 型糖尿病 1,009 人であった (* を記した疾患は、 1 か月以上の入院が対象であるため、 登録人数は実人数より少ない)。 12 年度と比較して、 気管支喘息、 川崎病、 血管性紫斑病、 心室中隔欠損症は微減していたが、 他の疾患は 12 年度登録数とほぼ同様であった。   3 ) 小児慢性特定疾患治療研究事業の法制化に向けた資料の作成  小慢事業の平成 16 年法制化に備えて、 厚生労働省、 総務省などの国、 また地方自治体が適切な判断をできるように、 また専門的な解析が可能になるように、 以下の資料を作成した。 *対象患児の公平性を保つため、 対象疾患の全面的な見直しを行った。 対象者は重症患者 (治療を中止した場合に重症になる患者も含む) であることを明確にするため、 原則として全ての疾患で対象者の基準を設定した。 ただし、 急死する可能性の高い重症な調律異常、 一部の先天性代謝異常などは、 疾患名のみで対象とした。 限られた国の予算を適正に運用できるように、 どのような基準を作成したら良いか検討した。 *実施主体の担当者が内容を判断できるように、 基準を満たしているかどうかの判定基準はできるだけ単純な内容とした。 *悪性新生物は、 ICD-O コードを採用し、 組織と部位を明確にした。 *全国的なコンピュータ登録・解析がより正確に、 より専門的に実施できるように、 また、 上記と連動して小慢事業がより円滑に運営できるように配慮しながら、 医療意見書案を作成した。 *同意書を患児家族からより適正に得られるように、 同意書案とその解説文案を作成した。 *マススクリーニング疾患に関して、 その効果的運用を図るための手法を検討した。

2 . 小児難治性疾患登録システムの構築に関する研究  小児難治性疾患登録システムを構築し、 患者の長期的登録・管理を行ない、 医学研究の基礎となるデータを作成することを目指して、 その枠組みと登録システムのデザインを検討した。   1 ) 国立成育医療センターに登録センターをおいた小児難治性疾患登録システム構築の検討  現行のいくつかの小児疾患登録事業毎の特性を調査し、 当該小児難治性疾患登録システムが収集すべきデータはどのようなものであるか、 そしてそのデータベースとして拠点を一つにすることが可能であるか、 その際にどのような問題が生じるか等について検討した。   2 ) 小児難治性疾患登録システムの精度管理のための具体的方策の検討  小慢事業における疾患登録を参考に、 データベースの精度管理問題について具体的に検討した。 特に、 悪性新生物を例に、 医学的視点から疾患分類を再整理し、 科学的有用性の高いデータベース構築を検討した。 さらに、 データ入力のプロセスにおける精度管理等についても、 小慢事業を参考に、 データセンターから登録実施主体への資料請求のあり方や、 より正確なコンピュータ入力が可能となるようなプログラム等を具体的に検討した。   3 ) 小児難治性疾患登録システムを利用した二次研究のあり方ならびにその体制整備の検討  現行の小慢事業において集積しているデータを利用して二次研究を行い、 小児難治性疾患登録システムを利用した二次研究の可能性を検討した。 具体的には、 新生児マススクリーニング疾患であるクレチン症を対象とし、 関連の各学会または各種研究費を用いて今までに蓄積されたデータと小慢事業での登録データとを照合し、 それらのデータの質や量が、 どの程度、 二次研究に有用であるか検討した。   4 ) 小児難治性疾患登録システムにおける倫理的問題の検討  小児難治性疾患患者の医療情報を長期間にわたり登録・管理する行為は、 つねに倫理的問題を併せもつ。 特に、 追跡調査をするためには個人識別情報を外すことはできず、 個人情報保護の問題も生じる。 そこで、 生命倫理学や法学の専門家との意見交換を行い、 小児難治性疾患登録システムにおいてどのような倫理的・法的課題が存在するかを整理し、 それらについて具体的な解決策を検討した。   5 ) 小児難治性疾患登録システムを利用した医療者ネットワーク構築の検討  小児難治性疾患登録システムによって集積される貴重なデータをどのように医療者と共有し、 利活用していくべきか検討した。 また、 医療者のみならず、 患児やその家族に対する成果還元についても併せて検討し、 小児難治性疾患登録システムにおける情報開示システムの構築を検討した。

3 . 小児慢性特定疾患患者の療養環境向上に関する研究  医療の向上により、 従来は長期入院していた慢性疾患児が、 医療処置を継続し、 また医療機器を装着しながら、 自宅での療養や保育所・学校、 地域活動に参加できるようになってきた。 しかし、 病気や障害をもちながら療養生活を送ることは様々な困難を伴う。 そこで小慢疾患の在宅療養環境の整備を図るための保健・医療・福祉・教育の統合的サービスを基盤としたモデル事業を検討した。 その場合、 医療・福祉と、 教育との連携が問題となりやすい。 その 1 つの理由として、 医師には秘守義務があるため、 保護者の了解がないと、 個人情報を保育所や学校に伝えられないことがあげられる。 患児家族にとって、 病気のレッテルをはられることを快く思わないケースは多い。  保育や教育の現場にどのような慢性疾患児がどのくらい通っているのか、 小慢事業の資料を基に集計・解析した。 そして、 保育所および小・中・高等学校の嘱託医に対する質問紙調査として、 慢性疾患の子どもと家族への助言・相談、 また、 患児のかかりつけ医との関わり方などに関して嘱託医の活動調査を行った。 さらに、 小慢疾患患者の療養環境向上に関して、 小・中・高等学校の養護教諭、 および医療機関の看護師、 医師、 ソーシャルワーカーにインタビューを実施した。

4 . EBM に基づく分娩の安全性と快適性の確立に関する研究  様々な分娩形態の問題点と具体的な対策を検討し、 21 世紀の望むべき分娩を提言することを目的とした。 「出産の満足度と安全性ならびに出産体験が母子関係に及ぼす影響に関する研究」 に関して、 産科情報と質問紙調査の内容、 及び評価時期を決め、 分担研究者の所属する各分娩施設でエントリーを開始した。 多様化している我が国の種々の分娩形態で出産した母子に対して、 研究者が開発した以下の共通したスケールを用いて調査した。 今後、 産科情報は各分娩施設から、 また、 質問紙調査の回答は母親から、 匿名化されたデータが国立成育医療センター研究所に送付され、 連結され、 産後 9 か月時まで縦断的に集計・解析される。  産科情報は、 日本産科婦人科学会周産期委員会が作成した FileMaker Pro の記載内容に、 LDR 分娩・畳敷きの部屋など分娩時の施設設備、 和痛・無痛分娩として使用した麻酔等の薬品、 代替療法等を追加した。 出産の経験に関する質問票は、 分娩数日後の母親に依頼する。 主として、 産後の女性の手記を基にして出産の実体験に関して作成した。 生後 3、 4 か月児用、 また 9、 10 か月児用の質問票には、 出産後の母子関係、 育児状況、 母子の健康状態や精神状態、 また周囲の支援状況などを含めた。 母子健康手帳、 子ども総研式・育児支援質問紙、 HAD 尺度 (Hospital Anxiety and Depression Scale)、 日本語版 Client Satisfaction Questionnaire 等を基に作成した。

5 . 乳幼児用製品の安全性の向上に関する研究  経済産業省の委託を受けた製品安全協会の中で、 各種委員会の委員長として安全基準を検討した。  乳幼児用ベッドに関しては、 ベッドの柵の上げ下げの際に乳児の指が柵の間に挟まれて切断された事故をきっかけにして、 安全基準の見直しを行った。 すなわち使用対象月齢の指の厚さを実測し、 安全なすき間の寸法を決めた。 従来、 乳幼児の指が触れる可能性がある部分のすき間は、 「 5 mm 以下又は 13 mm 以上であること」 であったが、 「3.5 mm 以下又は 13 mm 以上であること」 とした。  歩行器に関しては、 高さが調節可能な製品が近年多く使用されていることから、 その製品に合った安全基準の見直しを行った。 「歩行器の認定基準及び基準確認方法」 の改正として、 X型フレーム製品特有の項目の追加、 及び付属品の規程の追加等を行った。  子ども用電気用品に関しては、 電気製品にキャラクターやマスコットの絵や模様のついた機種が近年販売されている。 子どもはそれをおもちゃと混同しやすく危険であるため、 どのようにしたら安全性を確保できるか検討した。 発熱部を有する等の家庭用電気用品が 「特定電気用品 (電熱式おもちゃ等)」 か 「特定電気用品以外の電気用品」 であるかを 「子どもの関心を惹く要素」 によって判定する基準案を作成した。   「乳母車の認定基準及び基準確認方法」 は昭和 49 年に制定後、 ほとんど改正されていなかった。 近年、 車輪の直径が基準以下のものが流通し始めたので、 安全上の問題というより、 時代に応じた基準自体の見直しを行った。  基本安全性要求事項とは、 対象製品に対してどのような安全性を要求するべきか文書化したものであるが、 実際にはどのような事故から消費者の傷害を防止したいのか検討し、 性能規定化された技術基準案、 例示規格案等を作成した。

6. 妊娠中から乳幼児期の児の発育・発達に関する縦断研究  平成 10、 11 年に愛育病院で出生した 1,685 人を対象として、 妊娠中から乳児期までの健診受診時の様々なデータに関して縦断的に集計・解析した。 対象としては、 低出生体重児、 早産児等ハイリスク児、 及び両親ともに外国人を除いた。 以前の調査と同様、 切迫流早産経験例では座位可能な 6 か月児が少ない傾向、 また、 妊婦のHb値が低いほど出生児の発達が遅い傾向はみられたが、 全体的に妊娠中の因子と乳幼児の発達等との有意な関連はほとんど認められなかった。 分娩時の異常、 また、 Apgar 指数 7 以下の乳児は、 生後 1 か月時の母乳栄養率が有意に低かったが、 その後の乳幼児の発達等と有意な関連は認められなかった。 頻度が比較的高い軽度の妊娠中や分娩時の異常は、 適切な処置や指導が行われていれば、 その家族に不安をいだかせない配慮が望まれる。  同院母子保健科を健康診査のため受診した児 1,947 名とその母親を対象とした調査では、 1、 2 歳児の発達は、 1970 年前後に同院を出生した児に比べて、 早い項目が認められた。 1989・90 年出生児と比較すると、 大きな差は認められなかったが、 幼児自身が好奇心に応じて一人で行う行動は早くなる傾向が、 逆に、 対人関係に関連する発達項目はやや遅めになる傾向がみられた。  沖縄県離島の乳幼児健康診査の結果から、 乳児 200 名の栄養法と血中ヘモグロビン (Hb) 濃度の関連を分析した。 母乳栄養の女子の身長、 体重は、 3 パーセンタイル以下の者が、 混合栄養、 人工栄養の者に比べてやや多い傾向がみられた。 乳児健診 2 回目の男子の Hb 値は、 母乳栄養、 ならびに第 2 子以降において有意に低かった。 鉄を効果的に補給できるような離乳食指導が望まれる。

7 . 生殖補助医療に関する倫理的問題に関する研究  生殖補助医療の場面で当事者カップルが意思決定を行うプロセスにおいて、 どのような情報源が存在し、 それら情報源から提供される情報にはどのような内容が含まれているか、 それらの情報を当事者らはどのように理解し意思決定を行っているのか、 3 段階に分けて調査・検討した。 多胎妊娠といった医学的にも倫理的にも重要な情報がどのように意思決定のプロセスにて取り扱われているか検討した。  情報源として、 インフォームド・コンセントの際の担当医師による説明は当然のことながら、 その他の情報源として一般の不妊・産婦人科関係の雑誌や著書、 インターネットの利用が明らかとなった。 そこで、 近年発行され一般書店で購入できる不妊・産婦人科関係の雑誌や著書、 またインターネット上の情報について、 その内容と量を調査した。 その結果、 一般書ならびにインターネット上の情報は、 そのほとんどが不妊症の基礎知識ならびに生殖補助技術の説明であり、 多胎妊娠のリスクや多胎妊娠や減胎手術の身体的・精神的負担に関する記述はごくわずかにしかなかった。  最も重要な情報源として、 担当医が実際の生殖補助医療の現場において医療者が当事者カップルに対して行う説明の際に用いる説明文書、 ならびに説明補助資料の提供を受け (日本産科婦人科学会平成13年度登録施設 527 施設中 83 施設の協力による)、 その内容を分析した。 これまでの先行研究により、 生殖補助医療において多胎妊娠が母子に及ぼす深刻な影響が明らかとなっている。 そこで、 多胎に関する情報はすべての施設で説明されるべきであるという前提のもとに医療施設で提供される説明文書の内容分析を行った。 その結果、 IVF-ET における多胎のリスクについて何らかの記載をしているのは 50 施設 (60.2%) であり、 およそ 4 割の施設では多胎に関する記載がまったくなかった。 また、 多胎に関連したデータ・移植胚数の制限についての記載ありは 45 施設 (54.2%)、 内容は 「複数胚の移植による多胎の発生率」 に関する説明 21 施設 (25.3%)、 「当該施設における移植胚数 (移植胚数に何らかの制限を設けていること)」 17 施設 (20.5%)、 「日本産科婦人科学会会告について」 15 施設 (18.1%) であった。 多胎妊娠の一般的予防策に関しては、 「胚の凍結保存 (授精卵は何度にも分けて移植できること)」 の提示 16 施設 (19.3%)、 「移植胚数と妊娠率の関連 ( 4 胚以上を移植しても妊娠率が上昇しないこと)」 の説明 9 施設 (10.8%) 等となっていたが、 全体の 75%の施設は多胎の予防手段について何の記載もされていなかった。 また、 医学的リスク情報に関しては、 母体のリスク情報は 24%の施設で、 児のリスク情報は 5 %の施設でのみ説明されていた。  以上より、 生殖補助医療において当事者であるカップルが意思決定する際に、 必須な情報が十分に提供されていない可能性が示唆された。 今後は、 当事者の意思決定に必要な情報を生命倫理の視点から整理した上で情報提供の在り方を提言し、 生殖補助医療に関するインフォームド・コンセントの説明文書のひな形を示す予定である。

8 . 同意能力の不十分な者に対する医療ならびに臨床研究における意思決定と代理判断に関する研究  医療ならびに臨床研究の場面において、 小児や精神疾患患者、 痴呆の老人等の同意能力の不十分な者をその対象としなければならないことがある。 その際に、 同意能力の不十分な本人に対してどのような説明を行ない了解 (アセント) を得るべきであるか、 そのアセントはどのように尊重されるべきか、 また代理判断は誰が何についてどのような基準で決められるか、 等の問題について明確なルールはない。 また、 医療の場で、 患者本人にとって最善の利益となる選択がなされるべきという基本的な倫理原則はあるが、 どの選択が患者にとって最善の利益かどうか判断が難しい場合や、 患者と代諾者との間に利益相反の関係がある場合等のさまざまな問題について、 法的、 倫理学的視点からの検討をした。 また、 小児臨床試験の領域において、 本人への説明ならびにアセントの取得の状況を把握するための調査を実施した。 今後は、 我が国における同意能力の不十分な者の身体に対する介入行為に関する意思決定と代理判断のルール素案を作成する予定である。 共同研究管理室

【研究成果】 1 ) 移植免疫寛容とミクロキメリズム解析に関しては、 定量 PCR 法を導入し、 より詳細な解析を通じて、 移植後に観察されるミクロキメリズムを構成する、 細胞の起源、 分布さらにその機能を明らかにしてきた。 特に、 移植後早期に血液中に現れる、 ミクロキメラ細胞は、 リンパ球を中心とする、 骨髄幹細胞に起源を有する、 極めて放射線感受性を有する細胞群であること。 また本細胞群の中に、 免疫寛容の誘導と維持に中心的役割を果たす細胞群の存在を証明。

2 ) 移植免疫反応の開始は、 主として組織中に存在する、 樹状細胞、 マクロファージを中心とした、 特殊な抗原提示細胞が、 その主体であると考えられている。 特に、 樹状細胞は骨髄血液幹細胞に由来する細胞であるが、 組織中から、 分離精製する事が極めて困難な細胞である。 従って、 細胞・組織培養の技術を駆使して、 如何に大量培養を行うかが、 研究者の大いなる目標であり、 これまで、 GM-CSF を使った細胞培養が広く応用されてきた。 これまでの、 本研究室の研究から、 GM-CSF を用いた培養方法では、 むしろ樹状細胞を大量に得る事は、 むしろ方法論的に間違っていることを証明。

3 ) 移植医療に於いて、 副作用の少ない、 より効果的な、 新たなる免疫抑制剤の開発の必要性は明らかであるが、 新規免疫抑制剤 FTY 720 物質は、 サイクロスポリン・タクロリムス等の現在広く使用されている免疫抑制剤とは、 全く作用機序を異にする注目すべき薬剤である。 特に移植外科グループの解析では、 本薬剤が、 リンパ球に比較的、 選択的にアポトーシスを誘導すると言う研究報告から、 FTY 720 が、 免疫学的記憶を有するリンパ球に対して如何なる薬理作用を有するかという、 極めて重要な研究を行った。 本研究で明らかになりつつあるのは、 FTY 720 は、 免疫学的記憶細胞には、 全く影響を与えないという、 驚くべき結果である。

4 ) マウス ES 細胞の樹立は確立された細胞技術であり、 今後ヒトに於いても再生医療の立場から、 細胞の分化誘導技術を駆使して、 難知性疾患への移植医療・成育医療の応用に役立たせる為に研究が行われている。 しかしながら、 未だラットに於いては、 遺伝子ノックアウトモデルに応用出来る、 安定した ES 細胞の樹立はなされていない。 ラットに於ける ES 細胞の樹立を目指した研究を行い、 これまでの培養法で充分に考慮されていなかった培養液の浸透圧が、 受精卵の細胞分裂に極めて大きな障害となって来たことを明らかにした。 しかしながら、 未だ安定したラット ES 細胞の確立は達成されておらず、 今後は、 これまでマウスで報告されている、 生殖始原細胞からの多分化能を有する細胞の確立を、 並行して推し進める。

5 ) 受精卵と ES 細胞の、 所謂キメラマウス作成技術は、 広く確立されているが、 熱処理後の受精卵と ES 細胞の凝集塊からは、 ほぼ 100% ES 細胞由来のマウスが得られる事を、 流動研究員・岩崎が明らかにしてきた。 熱処理後の受精卵が主として胎盤形成に向かう事が、 如何なる細胞分子学的機構によるものであるか、 解析を進めている。

6 ) 再生医療の大きな治療目標は、 多分可能を有する細胞の分離・確立、 また細胞分化のコントロールにあることの重要性は明らかである。 現在、 ES 細胞を中心とした、 多分化能を有する細胞を扱う場合と、 本年 Nature 誌上に発表された、 骨髄細胞中に存在すると謂われる、 多分化能を有する幹細胞を扱う場合が想定される。 現在、 前者の ES 細胞の発生工学的研究を、 共同研究で押し進め、 肝臓の器官発生に必要な心臓原基からの液性因子の分子学的解析を行っている。 【臨床共同区域 (手術集中治療部および総合診療部救急診療科)】  国立小児医療研究センター唯一の生理研究部門であった病態生理研究室は、 同研究センターが国立成育医療センター研究所として組織が変わる際に、 臨床共同区域として研究を継続することになった。 しかし、 臨床業務を主とせざるを得ない新しい病院の体制により、 動物を使用した生理研究は大幅に制限されているのが現状である。 このような現状により、 研究の視点を変え臨床に立脚した新たな研究の手法を構築中である。 当研究部門では、 主に呼吸循環生理学、 応用生理学的な手法を用い、 乳幼児や小児の重症患者の生命予後に直結する病態の治療を中心に研究を進めている。 重症小児患者の病態の中心は呼吸循環不全を中心とする多臓器不全であり、 臨床と直結した研究には、 臨床の専門家との連携が必須である。 すなわち、 手術集中治療部や救急診療科のみならず、 新生児科をはじめとする小児内科および総合診療部全般、 小児外科や心臓血管外科、 さらに産科、 看護学科と連携している。 対象病態は胎児から新生児への移行期の呼吸循環適応不全、 小児期全般の呼吸器・循環器疾患、 そして重症患者の治療の結果として避けることができない慢性の病態などが含まれる。  研究対象は、 家兎、 犬、 豚などの中・大動物を対象とし、 実験的検討に一部分子生物学的な手法、 電子工学的手法も取り入れているが、 患者およびその家族を直接対象とした研究も重要視している。  当研究室で開発した手法を直接臨床に生かすと同時に、 日本では数少ない小児呼吸管理研究専門施設として、 さまざまな全国規模プロジェクトの中枢機能を果たしている。 また、 小児麻酔・小児集中治療領域での我が国の世界へ向っての窓口ともなっている。 動物実験が設備と研究体制によって、 当部門は国内の小児外科医の新手術手技検討の場だけでなく、 近隣アジア諸国の新生児科医への新しい呼吸管理技術の教育の場としても活用される予定である。  以下に平成 14 年度と 15 年度の研究内容を概説する。

1 . 急性肺損傷の成因および高頻度振動型人工換気法 (high frequency oscillatory ventilation; HFOV) の至適応用に関する研究  当研究室は世界の HFOV 研究の中心的存在である。 近年、 HFOV が未熟肺や脆弱肺に対して臨床的に有効な換気法であるとともに、 肺損傷を来しにくい換気法であることが知られつつある。 したがって、 HFOV は肺損傷予防機序の解明手段としても広く用いられてきており、 液体換気法 partial liquid ventilation の開発にも影響を与えている。  平成 14 年度と 15 年度は、 これまでに引き続き、 肺損傷機序の解明と種々の治療法が肺組織に及ぼす影響を検討した。  土田は中川や宮坂とともに、 サーファクタントの急性肺損傷での役割を検討し、 治療としての人工呼吸の方法がサーファクタントの活性に影響を及ぼすことを示した。 現在、 臨床応用が期待される液体換気法では、 それに使用されるパーフルオロカーボンがサーファクタントの活性を低下させる可能性を有すること、 さらに傷害肺では、 その傾向が強いことを示した。 このことは、 期待のみが先行する液体換気法の臨床応用にあたっては、 十分な注意が必要であることを示すものである。 さらに、 液体換気法の際に使用する人工呼吸の様式としては HFOV が優れていることを示した (土田晋也 ほか、 臨床呼吸生理 34:115-117、 2002;中川 聡、 小児外科 34:768-771、 2002)。  尾崎は中川や宮坂とともに、 これまで、 新生児医療の領域での使用に限られていた HFOV を、 新生児以外の小児や成人で使用可能にするための新しい人工呼吸器の開発に協力するとともに、 新たに開発された機器で小児の重症呼吸不全患者の管理を試みた。 HFOV を小児や成人患者で使用することはいまや世界の潮流であるが、 これに立ち遅れているわが国の現状では、 当部門の果たす役割は大きい (尾崎由佳 ほか、 臨床呼吸生理 35(1):55-58、 2003;中川 聡 ほか、 呼吸 22:1062-1066、 2003)。  当部門が HFOV の研究の重要な位置に位置するため、 当部門への国内での講演の要請は常にある。 日本の新生児医療の背景と、 こうした研究及び臨床実績に対しての海外からの講演及びワークショップ開催の要望も強い。

2. 膜型人工肺 (extracorporeal membrane oxygenation; ECMO) による呼吸循環補助の研究  当研究室では重症呼吸循環不全の究極の治療法である ECMO を、 未熟児も含めて安全に臨床応用が可能なシステムにするための基礎研究および臨床応用を行なっている。 特に現時点で、 国内では人工肺の開発に関わる施設が数か所あるものの、 ECMO がもたらす生体への影響を総合的に研究をしている施設がなく、 当部門の責任は大きい。 臨床応用は成育医療センターでも順調に継続され、 循環不全を呈した小児患者で ECMO による救命例を連続して得たことは特筆に値する。 このことは、 近年の麻疹による重症呼吸不全の救命症例とあわせ、 従来の管理法で救命できない呼吸・循環不全患者に対する ECMO の役割を再認識させた。 また、 成育医療センターへ移行したことに伴い、 ECMO の症例数の増加を見、 平成 15 年は 11 月末現在で 8 例の ECMO を行っている (中川 聡、 レジデントノート 5 (9):42-46、 2003)。  また、 ECMO で培った体外循環手法を持続血液濾過や持続血液透析に応用しつつある。 この方面でも臨床例が増加しつつある。 特に、 新生児症例を含む乳児での成功例を得ているのは、 ECMO での経験が大きいと考える。 さらに、 この ECMO や血液濾過などの体外循環の手法は、 胎児外科の手術の際の羊水潅流の手法への応用が期待される。

3 . 一酸化窒素 (nitric oxide; NO) 吸入療法および重症呼吸不全患者の管理法に関する研究  NO を直接肺から吸入させ選択的に肺血管拡張をはかる治療法は、 肺血管収縮による低酸素血症が致命的である新生児、 乳児期の数多くの病態、 そして開心術後症例などで救命的な治療法となる可能性を有する。  平成 14 年度と 15 年度は、 以前から目標として掲げ、 力を注いだ医薬品としての行政面への働きかけに関しては、 わずかではあるが進展が見られた。 米国の FDA が NO 吸入療法の新生児患者での使用を認めたという背景より、 近い将来、 我が国での本格的な臨床使用が実現する可能性がある。  NO 以外では、 通常の人工呼吸管理を安全に行うための呼吸循環生理学を中心とした知識の整理、 啓蒙に力を注いだ。 このことは、 今後 NO 吸入療法が臨床に導入される際に安全に人工呼吸管理を行うという観点から非常に重要であると考えている (中川 聡、 日本未熟児新生児学会雑誌 14:133-137;2002;中川 聡、 小児看護 26:1104-1108、 2003)。

4 . 乳幼児突然死症候群 (sudden infant death syndrome; SIDS) に関する研究 (厚生労働省厚生科学研究による)  SIDS はそれまで全く健康であった乳幼児が生後 2 ないし 4 か月をピークに突然死亡する疾患であり、 現在、 その原因は不明である。 この疾患により年間に約 600 名という、 小児悪性腫瘍による死亡数を越える多数の乳幼児の命が失われている。 われわれは、 SIDS は呼吸停止に引き続く心停止であるという理解のもとに、 呼吸停止を早期に確実に発見し家族がすみやかに救急蘇生を開始すればその死亡が防げるはずであるとの仮説をたて、 在宅無呼吸モニターの開発と一般大衆に向けての小児救急蘇生の啓蒙を行ってきている。 また、 ハイリスク患者の評価のためのモニタリング法の構築も目指している。  平成 14 年度と 15 年度も社会的啓蒙と予防手段としての在宅呼吸モニターの開発研究を続けた。 また、 低酸素血症を非侵襲的にモニターできるパルスオキシメータの解析ソフトを臨床的に検討した。 さらに、 複合モニターでの呼吸パターンの解析を進めた (塚本桂子 ほか、 日本 SIDS 学会雑誌 2:3-12、 2002;中川 聡 ほか、 日本 SIDS 学会雑誌 2:51-53、 2002;中川 聡、 日本 SIDS 学会雑誌 2:89-92、 2002;中川 聡 ほか、 臨床モニター 13(2):73-77、 2002;中川 聡 ほか、 小児科診療 66(2):226-230、 2003)。  さらに、 中川は、 厚生労働科学研究の班員として、 わが国の SIDS の現状、 診断の制度の向上に何が必要なのかを検討した (Sawaguchi A et al. Forensic Sci Int 130S: S1-S7, 2002; Sawaguchi A, et al. Forensic Sci Int 130S: S96-S103, 2002)。 加えて、 SIDS の概念の社会啓蒙、 ならびに、 SIDS のハイリスク児の急変に社会的にも対応できるような心肺蘇生法の啓蒙にもつとめた。

5 . 世界標準の心肺蘇生法のわが国での普及・啓蒙に関する研究  小児の心肺蘇生法の世界標準である Pediatric Advanced Life Support (PALS) は、 わが国では十分普及していないのが現状である。 我々は、 清水が北米から帰国したのに伴い、 本格的に PALS を日本で開始した。 過去 1 年半余の期間で、 PALS の講習会は回を重ね、 受講者は数百人にも上っている。  さらに、 清水は American Heart Association および International Liaison Committee on Resuscitation の会議にもわが国の代表として出席し、 来るべき 2005 年の蘇生のガイドラインの改定に寄与すべく奮闘中である。 そのためには、 当部門が従来より行ってきた、 大動物を用いた生理研究を中心にアウトプットが期待できる分野である。  また、 わが国での PALS に対する期待が膨らむと同時に、 小児の心肺蘇生に関しての啓蒙も PALS を通して、 あるいは、 PALS 以外の活動を通して行っている (中川 聡、 医療 56:44-50、 2002;清水直樹 ほか、 チャイルドヘルス 6(2):113-117、 2003;清水直樹 ほか、 チャイルドヘルス 6(3):204-207、 2003;清水直樹 ほか、 日経メディカル 141-144、 2003;清水直樹 ほか、 日本医師会雑誌 129(12):359-360、 2003;清水直樹 ほか、 救急・集中治療 1141-1146、 2003)。

6 . 小児重症患者モニター機器の開発  予備力の少ない小児重症患者では患者に侵襲を加えずに、 かつ連続的に患者監視を行なう、 低侵襲連続モニターが重要である。  当研究室では、 低侵襲連続患者モニター法として、 連続心拍出量測定、 パルスオキシメータの理論的解析、 近赤外光を用いた頭蓋内の酸素化と血液量のモニター (near infra-red spectrophotometry; NIRS) の開発を行っている。  特に NIRS は、 従来困難であった頭蓋内の酸素化、 循環動態を、 ベッドサイドで評価できることから、 患者を動かせない小児重症患者での CT や MRI にかわる光 CT としての将来性と可能性を示唆している。 この方法に色素の静脈内投与を組み合わせることにより脳血流を間接的に評価する方法を模索中である。 さらに、 非侵襲的なモニターとしてはパルスオキシメーターがあるが、 このモニターの精度を向上させるために、 新たなアルゴリズムの導入、 多波長化などを検討した (Aoyagi T, et al. Anesth Analg, Jan; 94: S93-, 2002; Miyasaka K. Anesth Analg, Jan; 94: S44-6., 2002; Aoyagi T, et al. Anesth Analg, Jan; 94: S1-3, 2002. Miyasaka K, et al. J Anesth, 16: 90-91, 2002)。 このパルスオキシメーターは、 前述した SIDS 予防のための在宅モニターとして用いられる可能性がある。  加えて、 心拍出量を測定する方法としてパルスオキシメトリと色素希釈法を組み合わせた方法の小児への応用の基礎実験を展開した。

7 . 麻酔・鎮痛・鎮静法に関する研究  セボフルレンは極めて速効性、 短時間作用揮発性吸入麻酔薬であり、 小児麻酔で不可欠な薬剤である。 広く臨床に用いられているが、 長時間投与、 反復投与、 そして主に経済的な理由による低流量あるいは閉鎖回路での使用のもたらす様々な影響は、 反復されることの多い小児では重要である。  一方で、 完全静脈麻酔の方法としてプロポフォールが注目されている。 我が国の小児でのプロポフォールの経験は限られており、 当院がこの分野においてもリーダーシップを取っている。  さらに、 気道確保は小児麻酔の分野では極めて重要である。 この分野においても新しい単純な手法を導入した (Miyasaka, K, et al. Paediatric Anaesthesia, 12(3): 288-9, 2002)。  予備力の少ない小児重症患者では、 患者に負担を与えずに治療を行う必要がある。 それは、 疼痛管理においても言えることであり、 小児患者においても気軽に使用できる簡便な疼痛管理システムの確立は不可欠である。 当研究室で開発した patient controlled analgesia (PCA) 用のシリンジポンプを用い、 小児医療領域での PCA の定着を図るとともに、 新生児を含む小児の疼痛管理の重要性に関する啓蒙を行った。  加えて、 成育医療センターに移行した結果、 産科麻酔症例が増加した。 産科麻酔はわが国において立ち遅れている分野であるため、 この領域での啓蒙に努めた (田村高子 ほか、 ぺリネイタルケア 21:14-21、 2002)。  さらに、 現在、 ともすれば安易に行われがちな小児の鎮静 (検査のためなど) において、 安全性の面からの重要点を啓蒙した。 これは、 呼吸循環生理や麻酔に熟知している当研究室ならではの社会的な取り組みである (中川 聡 ほか、 小児内科 35(8):1320-1324、 2003)。

8 . 重症患者や予後不良の患者管理 (重症患者の終末医療や脳死患者の管理を含む) に関する研究 (一部、 成育医療共同研究費による)  小児集中治療という概念がいまだ普及していない我が国では、 小児の重症患者の管理の水準は欧米のそれ以下である。 我が国全体では普及していない小児集中治療であるが、 当院には他院に先駆けて小児集中治療部を設置したため、 他の医療施設で管理できない患者が紹介で入院することが多い (宮坂勝之、 医療 56:9-11、 2002)。  一方で、 集中治療を施しても、 残念ながら脳死に至ったり、 生命を失う患者も存在する。 脳死においては、 我が国では成人の脳死判定基準のみが存在し、 小児の脳死判定基準は昨年まで存在しなかった。 今回、 小児の脳死判定基準の作成に宮坂と阪井が参加した。 我が国の脳死判定基準は、 移植医療を前提に使用されることがほとんどであるが、 本来は、 患者本人のため、 さらには患者の家族のためにその判定基準が存在すべきである。 そういった問題点を指摘しえたのも、 重症の患者管理をしその家族と絶えず接している集中治療専門医の立場からであった (Takeuchi K, et al. Japan Medical Association Journal, 45(7):291-307, 2002;Takeuchi K, et al. Japan Medical Association Journal, 45(8):336-357, 2002)。

9 . 小児在宅患者介護者支援研究 (厚生省遠隔医療に関する研究)  成長発達期にある長期療養小児の生活の質の向上に、 在宅医療は欠かせない。 このためには、 患者のみならず家族や医療関係者も含めた様々な支援手段を考えなければならないが、 その手段の評価に際しては、 単に定性的な評価だけでなく医療経済効果を見据えた定量的なデータを提供する必要がある。  ISDN64 を用いたテレビ電話を在宅遠隔医療用に改良し、 当院および患者家族、 周辺医療施設、 海外医療施設に設置し、 遠隔医療の効果を医学的、 経済的、 技術的に総合的に検討できた (宮坂、 鈴木)。 また、 特殊な治療法においては、 その治療法の経験が豊富な海外の専門施設とテレビ電話で交信しつつ、 その手技を遠隔操作で行う方法を考案し、 その方法が患者管理に寄与しうることを認識した。 我々の成果は、 米国での学会だけではなく WHO からも注目され、 テレビ電話を在宅医療に使用しているという試みが可能であることを世界に知らしめた。 その結果、 国内外から我々へ、 寄稿や講演の依頼が寄せられている。 また、 特殊な治療法においては、 その治療法の経験が深い海外の専門施設とテレビ電話で交信をしつつ、 その手技を遠隔操作で行う方法を考案し、 その方法が患者管理に寄与しうることを実感し、 論文などで報告し、 マスコミからの取材にも応じた (鈴木康之 ほか、 現代医療 34:135-139、 2002)。

【臨床共同区域 (消化器科) 国立成育医療センター消化器科】  JAG1 遺伝子と肝疾患との関連の課題は、 アラジール症候群の主たる症候が心臓と肝臓に出現することから、 本症の責任遺伝子である JAG1 遺伝子が肺動脈狭窄、 肝疾患のどちらにより関連しているかという点から始まった。 胆道閉鎖症で約 10%に異常を見いだし、 さらに新生児期、 幼児期発症の肝炎、 EB ウィルス肝炎、 劇症肝炎と対象を広げて検討し、 数%から 10%程度の陽性率の結果を得た。 これらの結果から JAG1 遺伝子は臨床的に肝炎発症と関連を有していることが示され、 その機序として NF-kB との相互関連を検討し、 肝炎のその機序解明の検討を行っている。  志賀用毒素 (Stx) に対する中和活性を持つヒト血清中の物質を同定した。 現在、 in vitro、 in vivo の系を用い、 その機序についての解明を進め Gb3 と競合することによるものであることを明らかにした。 溶血性尿毒症への移行への機序解明に結びつけたい。

1 . 肝炎と JAG1 遺伝子の関連  JAG1 遺伝子がアラジール症候群の責任遺伝子であることは、 我々をふくめ、 数カ所の施設から報告され既知の事実である。 アラジール症候群は肝内胆道障害と肺動脈狭窄が二大症状である。 胆道閉鎖症と肺動脈狭窄の患者について予備的な調査を行い、 肺動脈狭窄 25 例には JAG1 遺伝子異常が認められず、 胆道閉鎖症や劇症肝炎、 乳児期、 新生児期の肝炎において 10%に異常遺伝子を見出し、 とくに胆道閉鎖症においては重症例に偏位していることを見出した。  JAG1 遺伝子異常は SSCP でスクリーニングを施行後 direct sequence によって異常を確認した。 基礎医学的検討では、 JAG1 遺伝子が肝臓において炎症性サイトカインの調節に関与しているという結果を得た。 肝細胞上皮の樹立細胞株である Hucct1 を用いて検討した。   1 ) JAG1 遺伝子の肝疾患に対する役割  JAG1 遺伝子がアラジール症候群の責任遺伝子であることを確認し、 その結果についてはすでに発表してきた。 JAG1 遺伝子の心疾患と肝疾患との関連では、 肺動脈狭窄例 23 例では異常が見出せず、 胆道閉鎖症に JAG1 の異常が 10%存在することより、 肝疾患に対するスクリーニングとその機序についての解明を 3 年間にわたり遂行した。 JAG1 遺伝子異常が胆道閉鎖症で 10%、 新生児肝炎でも 10%、 劇症肝炎では 5 %に見出されることを臨床検体によって確認した。 JAG1 遺伝子の肝疾患における役割を解明するため、 JAG1 遺伝子が炎症及び増殖因子に及ぼす効果を調べるための実験を行った。 Free の JAG1 蛋白の効果と JAG1 遺伝子を導入した場合の効果を検討し、 これらのものの添加、 ないし導入実験から JAG1 遺伝子およびその産物は NF-kB を介して、 炎症性サイトカインの調節に関与していると考えられた。 これらのその作用には差が認められ、 JAG-Notch pathway の cis と trans の作用で差があるのか、 JAG1 遺伝子の導入による効果なのかを検討した。 現在、 Notch の細胞内領域 (活性部位) を細胞株に遺伝子導入し、 この現象と JAG-Notch pathway との関連を検討中である。   2 ) 繊維芽細胞が産生するマクロファージ活性化因子の同定  マウス繊維芽細胞 3T3 および 3T3/JAG1 の培養上清をマクロファージ細胞株 THP1 の培地に加えて、 THP1 の増殖活性を測定した。 その結果 3T3 由来の培養上清を加えた系では増殖活性を認めたが、 3T3/JAG1 の培養上清を加えた系では増殖活性が認められなかった。 このことから、 JAG1 が THP1 活性化因子を抑制しているのではないかと考えた。 さらに ELISA 法を用いて 3T3 の培養上清を加えた THP1 の培養上清中のサイトカインを測定したところ、 IL8 が上昇しており、 この活性化因子と考えられる物質は THP1 の IL8 の産生を刺激する。  ヒト繊維芽細胞株 KMST6 を用いて同様の実験結果が得られた。 THP1 の増殖および分化の活性が認められた。 活性化因子の精製のため、 KMST6 及び 3T3 の培養を、 FCS free の環境でおこなったがその上清には活性化因子はふくまれていないが、 最終的にトレハロースを加えて培養した上清には THP1 活性化因子を認め、 この検体を活性物質の精製に用いた。  まず陰イオン交換カラム DEAE を用い培養上清から活性化因子の分離をおこなった。 さらに、 DEAE より回収されたサンプルをクロマトフォーカシングカラムに流して回収したところ、 比活性が上昇した。 またゲルろ過を用いて分離したときの結果から目的とする活性化因子の分子量は比較的大きなものであることを示唆する結果が得られている。 今後はその活性化物質の精製、 同定を進める。

2 . 溶血性尿毒症の発症と志賀様毒素 (Stx) の細胞毒性   1 ) ヒト血清中のベロ毒素中和活性物質−SAP の臨床応用研究  病原性大腸菌感染症は、 出血性大腸炎や溶血性尿毒症を生じるため臨床的に、特に小児においては重要な疾患であり、 その発症機序を解明することは新しい治療法を確立させるためにも必要な課題である。 我々は、 病原性大腸菌が産生する志賀毒素 (Stx) に対する中和活性物質の同定を進めるとともに、 in vivo の系を用いて、 溶血性尿毒症の発症に Stx2 (ベロ毒素) が関連していることを明らかにしてきた。   1 - 1 ) ヒト血清中に存在する、 Stx2 中和活性を有する物質精製  ヒト血清中にはγグロブリン以外の、 Stx2 に対する抑制因子が存在することが知られていた。 我々は高脂血症に対する LDL アフェレーシス治療後の廃液中に Stx2 抑制因子が存在することを見つけた。 すなわち LDL アフェレーシス治療に用いたデキストラン硫酸セルロースカラムを生理食塩水で洗浄後、 1M NaCl で LDL 分画を回収すると、 その廃液にはヒト血清の約 10 倍の抑制活性が認められた (ACHN に Stx2 を反応させ、 neutral red 法で判定、 以下同様)。 そこで脂質分画での抑制活性を測定するために LDL、 VLDL、 HDL 分画における抑制活性を検討したが、 いずれにおいても抑制活性は認められなかった。 そこで、 脂質蛋白以外にデキストラン硫酸セルロースカラムに吸着される物質に焦点を当て、 分子量によって分画した血漿蛋白をデキストラン硫酸セルロースカラムに吸着させて回収し、 電気泳動 (SDS-PAGE) で数本のバンドを確認し、 それらのバンドに対してアミノ酸分析をおこない、 その結果から Serum Amyloid P (SAP) を得た。 そして SAP が Stx2 中和活性を有することは、 通常方法で精製した SAP を用いても確認できた。 なお、 ヒト血清に認められる Stx2 の抑制作用は他の動物 (ウサギ、 マウス、 ラット) では認められない。   2 ) SAP の Stx2 抑制機序  さらに SAP の中和機序について検討をおこなった。 SAP が Stx に作用するのか、 Stx 受容体側に作用しているのかについて ELISA、 flow cytometry、 Stx モノクローナル抗体を用いた Dot blot 法、 Biacore を用いた結合実験の結果から、 SAP は Stx に結合していることが示された。 その結合部位は、 モノクローナル抗体を用いた実験からは A subunit にではなく B subunit に結合していると考えられた。  SAP がどのような機序で Stx2 活性を抑制するかを知る目的で、 flow cytometry を用いて SAP の抑制効果を評価した。 その結果、 SAP を Stx2−細胞反応系に添加することによって Stx2 の細胞への結合が抑制された。 SAP は Stx2 と結合し、 Stx2 は受容体と結合できなくなると考えられた。 SAP 側の結合部位は合成ポリペプチドをもちいて検討中である。 Stx の細胞内輸送機序の細胞による相違についての検討も行っている。 Stx の細胞障害は、 Stx が細胞表面に発現している受容体 Gb3 (CD77) に結合したのちに細胞内に endocytosis によって取り込まれ、 ゴルジ装置内を逆行性に輸送されて (retrograde transport)、 リボゾーム RNA での蛋白合成を阻害することが主たる機序と考えられている。 39 種におよぶ腫瘍細胞株に対するスクリーニングから Stx に対する感受性細胞を見出し、 さらに flow cytometry を用いて各細胞における CD77 の発現量、 Stx の結合量を検討したところ、 細胞障害の程度と Stx の結合量とは必ずしも相関せず、 細胞内輸送系が細胞ごとに異なることを示唆するものと思われる。 さらにその細胞死が、 アポトーシスによるものかどうかを検討したところ、 Western blot にて caspase3 が活性化される細胞とされない細胞が存在することを見出した。 StxI、 StxII ともに二つの subunit からなり、 Gb3 に対する結合と蛋白合成阻害作用を有する subunit による働きが解明されている。 さらに in vitro の系では、 StxII に対する感受性のある細胞に StxII を低濃度添加すると IL-8 や IL-6 の産生の増大を生ずる。 このことは細胞が蛋白合成障害によって apotosis とサイトカインの産生増大を生じることを示し、 superproduction theory をよく説明するものと考えられ、 Gb3 との関連、 apotosis について検討を進めている。 その輸送経路、 シグナルの違いを明らかにして、 複雑な作用機序の解明を試みている。   3 ) SAP を用いた in vivo での実験  われわれは先に StxII を用いて in vivo の検討を行い、 ラットを用いて Gb3 が脳の海馬領域に存在し、 Stx 自身が脳を刺激する効果を有することを示した。 SAP が in vitro で Stx2 を抑制することを確認したが、 マウスを用いて in vivo での実験を行なった。 マウス体重当り 200pg/g を尾静脈から投与すると全例 4 日目までに死亡することがわかった。 同時に SAP をマウス体重当り 100ng/g を同時に投与すると、 一過性に体重減少を認めるものの全例生存する事がわかった。 そこで、 Stx2 の静注によってマウスが死亡する原因について検討した。 マウスは死亡するまで体重が減少しつづけるが、 下痢や行動異常を認めなかった。 組織学的検討では、 腎臓と中枢神経における検討では、 光顕レベルでは特異的変化を認めなかったが、 terminal deoxynucleotidyl transferase-mediated dUTP-biotin nick end labeling (TUNEL) 法を用いた検討では、 脳幹部の神経細胞に TUNEL 陽性細胞を認めた。 脳幹部損傷が死亡原因の一因であると考えられた。 SAP を投与したマウスでは認められなかったことより、 SAP は Stx2 と結合し、 脳幹部損傷を抑制し、 マウスの死を予防したと考えられた。 さらに Stx-2 に対するモノクローナル抗体を 7 種類作成した ( 4 種類は抗 B subunit に対する抗体、 3 種類は抗 A subunit に対する抗体)。 これらの抗体の Stx-2 中和活性は in vitro、 in vivo のどちらの実験系においても抗 B 抗体>抗 A 抗体であった。 SAP との中和活性を比較すると抗 B 抗体>SAP>抗 A 抗体となった。 Stx-2 をマウスに 500pg/g 体重を投与した時の生存率へ与える影響は、 抗 B 抗体は 2 ng/g 体重以上投与することで全例生存したが、 抗 A 抗体は 20ng/g 体重以上投与しても全例死亡した。 さらに SAP と抗 B 抗体の同時投与によって、 中和活性は相加的に増大した。 R I 管理室

 RI 管理室は共同研究管理室と同様、 組織上、 部の下の室とは異なり、 独立した室として活動している。 RI 施設の安全管理と整備、 RI 使用者の健康管理、 安全使用の知識の周知教育、 研究活動の支援、 等々の業務を行うと同時に、 成育医療に関する研究活動を行っている。

【業務活動】  本年度も引き続き、 RI センターの安全管理、 設備・機器の整備、 放射線の安全使用の教育、 各種手続き等の業務を行った。 この業務には、 RI 管理室事務補助として南部みほ、 および千代田テクノルよりの業務派遣 (海老原博、 上原義隆) が参加した。  放射線安全管理については、 健康管理医として宮下俊之室長、 施設管理責任者として下田英夫主幹、 放射線主任代理として絵野沢伸室長、 また設備担当者として中央監視室スタッフ、 の協力を頂いた。 RI 管理室長の四宮は RI センターの施設責任者と同時に放射線取扱主任者を兼務した。 また、 月 1 度のガラスバッジ交換、 被爆状況の把握報告、 放射線のモニター。 新規登録者対象の教育登録手続き、 継続使用者対象の講習会と RI 健康診断を行った。 本年は、 国立成育医療センター研究所への移行に向け、 成育センター研究所の RI 施設の設置計画および準備に携わった。

【研究活動】  研究遂行においては次の協力者の貢献を仰いだ。 吉見陽児 (RI 管理室流動研究員、 9 月まで)、 福井雅之 (RI 管理室流動研究員、 10 月から)、 池北雅彦 (東京理科大学応用生物学科教授)、 大和屋健二 (東京理科大学応用生物学科生)、 小島周二 (東京理科大学薬学部教授)、 山田実穂 (東京理科大薬学部修士過程)、 実吉純香 (東京理科大学薬学部生)、 本庄 勉 (森永生科学研究所副所長)、 田中真人 (東京電気大学生命工学科教授)、 宮本智江 (東京電気大学生命工学科生)、 樋口成定教授 (昭和大学薬学部教授)、 福井智穂 (共同研究員)。

1 . 臓器移植における免疫制御の研究  リンパ球のアポトーシス誘導に基づいた免疫制御と機序の解明 (松岡由美子)  アポトーシスを誘導する免疫抑制物質の開発の一環として、 新たに開発された免疫抑制剤 FTY720 の作用機序の研究を行った。 この薬物は冬虫夏草の菌体培養液より分離された活性物質 ISP-1 の誘導体の一つで、 副作用が少なく、 ラットの臓器移植において強力な拒絶反応の抑制作用を認めている。 FTY720 の分子薬理学的な作用メカニズムを明らかにし、 臨床使用の作用向上に貢献することを目指している。  我々は、 FTY720 は、 免疫抑制効果を持ち T リンパ球にアポトーシスを誘発し、 ミトコンドリアに直接作用してチトクローム c を放出させ、 Apaf1 依存のカスパーゼ 9 を活性化しアポトーシスを引き起こすこと、 などを明らかにした。 このチトクローム c 放出は Bcl2 の細胞内発現量により阻害される。 T cell は B cell より Bcl2 の発現量が少ないので、 FTY720 は T cell 依存的にアポトーシスを引き起こし易く、 T cell の免疫抑制効果を発揮することも明らかにした。 また、 今回はこれに加えて、 FTY720 は protein kinase B を初め多くの細胞内伝達系のリン酸化蛋白質を脱リン酸化する効果があり、 これは protein phosphatase 2A を FTY720 が活性化する作用があることによっている、 ことなどの成果を得た。

2 . 酸化 LDL のインスリン産生細胞に与える影響 (山田実穂、 実吉純香、 福井雅之)  糖尿病の発生要因としては、 遺伝的な背景に加えて、 肥満や運動不足などの生活習慣による影響が指摘されている。 特に肥満や過食に際して血中に増加する LDL (low density lipoprotein) は悪玉コレステロールとしても有名である。 これが体内で酸化されてできる酸化 LDL は動脈硬化の原因物質のひとつとなっている。 当研究室では、 酸化 LDL によるインスリン産生細胞 (インスリノーマ INS-1) への傷害メカニズムを調べ、 糖尿病発生との関連性を調べている。  酸化 LDL は 10μg/ml の低濃度で INS-1 細胞を AnnexinV 陽性にすることが判明した。 さらに濃度を上げると細胞死が誘導される。 これらはいずれも免疫系による認識が行われ易くなったと考えられ、 1 型糖尿病との関連が予想される結果となった。

3 . 幹細胞の培養と分化法の研究  ES 細胞をはじめ各臓器組織の幹細胞を用いた治療は当研究所の重点的な研究題目である。 また、 放射線により傷害を受けた臓器組織の再建にも再生医療は重要である。 我々はまず基礎実験として、 ラットマウス等の実験動物を用いて、 その ES 細胞や幹細胞の分離と培養、 さらには特異的分化方法の開発を試みる。 特に幹細胞を培養または誘導することに関する研究に重点をおいて行っている。   1 ) 小脳プルキニエ細胞の増加薬物の検討 (吉見陽児)  マウス胎児小脳を初代培養する実験系を用いて、 プルキニエ細胞の誘導効果物質を検索した。 その結果、 核酸の塩基成分であるアデニンを添加して培養すると、 通常培養に比較して約 30 倍のプルキニエ細胞の増加を誘導することが判明した。 詳細なメカニズムは依然不明であるが、 この細胞に関する再生医療に役立つことが予想される。   2 ) ES 細胞の遺伝子導入による改変 (宮本智江、 大和屋健二)  ES 細胞の分化経路の解明や融合細胞の選択同定に必要な形質を導入する目的で、 GFP や HSV-TK 遺伝子を導入した ES 細胞や、 HGPRT 欠損細胞株などの作成を行った。   3 ) ES 細胞と体細胞の融合細胞の作成と性質の解明 (宮本智江)  成体の体細胞から ES 細胞を調製することができれば、 再生医療に貢献できることが期待される。 その前段階として、 ES 細胞と体細胞との融合株を作成し ES 細胞を得る方法を改良する目的で研究を行っている。 今回は、 PEG 法と不活性化ウィルスによる融合条件の検討を行った。 また、 ES 細胞とリンパ球との融合株は ES 細胞化するとの報告が既にあるが、 他の体細胞については明確ではない。